劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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亜夜子は面識ありますし


黒羽姉弟と九島烈

 文弥と亜夜子は、密入国したスターズの隊員が九島光宣に匿われているという達也の仮説がほぼ間違いないという事を、父親と本家へ別々に報告した。

 その結果、父親からは捜査を中断して戻ってくるよう言われ、本家からは真夜の指示として、旧第九研に立ち寄って二人が掴んだ情報を伝えてくるようにと命じられた。言うまでもなく、優先するのは真夜の指示だ。

 

「……それにしても、何故九島家じゃなくて旧第九研なんだろう?」

 

 

 研究所へ向かう車の中で、文弥が意識せず疑問の声を漏らす。この車はタクシーではなく、黒羽家が作戦用に使っている物だ。文弥は通学の都合で黒羽の実家を出て、浜松市内のマンションに住んでいる。今日はそこから電車に乗って関空に行ったのではなく、迎えに来た車を使ったのだ。ちなみに、亜夜子は最初からその車に乗って文弥のマンションにやってきたのだ。

 行きこそは余計に時間がかかったが、旧第九研は町外れの結構不便な場所にあるので、結果的には正解だったと言えよう。

 

「真言様ではなく閣下にお伝えすべきだと、御当主様はお考えなのかもしれないわね」

 

 

 文弥のセリフは独り言に近かったが、隣に座っていた亜夜子は律儀に答えを返した。なお「真言様」というのは九島家当主・九島真言のことで、「閣下」というのは九島家前当主・九島烈のことだ。十師族のみならず、日本魔法界の長老として敬われている九島烈は通常「老師」と呼ばれることが多いのだが、達也はこの通称を嫌って「九島閣下」と呼んでいる。烈が元国防軍少将だった事実に則った呼び方だ。文弥も亜夜子も以前は「老師」と呼んでいたのだが、達也が「閣下」と呼んでいるのを聞いて、二人も「閣下」派に転向したのだった。

 

「ああ、だから姉さんにお遣いが回ってきたのか」

 

 

 亜夜子と九島烈は、前回のパラサイト事件の際に面識がある。ある種の共犯関係と言った方が正解か。全く見知らぬ本家の使用人が出向くより、烈も快く話を聞いてくれるかもしれない。

 

「私に、じゃなくて私たちに、でしょ」

 

 

 そう言いながらも、亜夜子は文弥の推測を否定しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電車ではなく車を使った所為か、そもそも昼食が遅かった所為か、文弥たちが旧第九研に着いた時には既に暗くなり始めていた。今は一年の中で最も日が長い時期だが、梅雨明けの前の空はどんよりと曇って夕陽の光を通していない。

 旧第九研――現在の正式名称は『第九種魔法開発研究所』なので通称は『第九研』でも良さそうなものなのだが、魔法関係者は頑なに『旧第九研』と呼ぶ。そこには予想通り九島烈がいて、亜夜子の面会申し出にすぐ応じた。

 亜夜子と文弥が応接室に通される。簡単な挨拶の中で、日曜日にも拘わらず九島烈が旧第九研に来ている理由が語られた。

 

「光宣が家族中から貶されるので、家は居心地が悪くてな……」

 

 

 烈は大勢の孫の中で、光宣を一番可愛がっていた。魔法の才能に恵まれながら病気がちな為に実力を発揮出来ない光宣を不憫に思っていた。もしかしたら他の孫は、それを敏感に感じ取っていたのかもしれない。また父親の真言にも、真言の妻にも、光宣を疎む理由があった。客観的に見て、光宣は親兄弟から愛情を十分に注がれたとは言えない。もしかしたら九島の家の中で、光宣に家族愛を向けていたのは烈だけだったかもしれなかった。

 

「もう遅い。ここで食事を済ませていってはどうかね」

 

 

 話を終えた後、烈は文弥と亜夜子にそう勧めた。光宣と同じ年の二人を前にして、寂しさを募らせたのかもしれない。烈の言葉に打算が見当たらなかったので、文弥と亜夜子も断るのが忍びなかった。

 

「連れの食事も用意させよう」

 

「……ありがとうございます。ご相伴に与らせていただきますわ」

 

 

 結局、二人の意思を代表して亜夜子が烈の誘いに頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧第九研を臨む里山の木陰に潜んでいた光宣が、心の中で呟く。

 

「(そろそろ日没か……)」

 

 

 辺りはすっかり暗くなっているが、もし晴れていれば今が日没の時間である。厚い雲が無ければ、今が黄昏。まさに、逢魔が時。大禍時。人と魔が出会う時。魔の力が強まり、人に禍が降り掛かる時。

 光宣は今回の作戦の為に調達した戦力に、思念で合図を送った。

 

「(今回だけなら、彼らでも十分役に立つだろう)」

 

 

 彼らは京都・奈良の古式魔法師ではなく、周公瑾が送り込んだ大陸からの亡命者を、術で縛って一時的に従えているだけだ。自分の意思がない、つまり意志力が欠けている状態だから達也や克人の相手は到底務まらないが、パラサイドールを封印から目覚めさせるための時間稼ぎくらいはできる。光宣はそう考えて周公瑾の知識から得た傀儡術式を使ったのだ。

 方術士が一人、研究所正面ゲートに突っ込んだ。そのまま、火炎の方術で自爆する。

 

「(冷静に見ると、随分な光景なんだろうな)」

 

 

 自爆と言っても、言葉の通り肉体を爆発させるわけではないから、そのまま即死はしない。だが自分の魔法力を限界以上に引き出して、ゼロ距離で魔法を行使するのだ。放置すれば死に至る怪我を負った代わりに、一撃でゲートを破壊する威力を発揮した。光宣はその光景を冷静に見届けてから、旧第九研からパラサイドールを調達するためにゲートに向かった。




貶されて当然だとは思うがな……

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