劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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高校生とは思えない忙しさだ……


演習林での練習

 エアカーで東京に戻ってきた達也は、制服に着替え直してから一高へ向かう。彼には新たな戦略級魔法よりも差し迫って必要な魔法があるのだ。

 

「幹比古、いるか?」

 

「やぁ達也。待ってたよ」

 

「今日も頼む」

 

「僕も良い修行になるから気にしなくて良いよ。それじゃあ、演習林に行こうか。七草さん、何かあったら連絡して」

 

「分かりました」

 

 

 風紀委員本部に詰めていた幹比古を誘い出し演習林へ向かう。達也は幹比古を修行のパートナーとして、八雲に示唆された『封玉』の完成に取り組んでいた。肉体から追い出したパラサイトを、想子で圧し固めて閉じ込める魔法。閉じ込めた『封玉』は、何らかの呪物に吸い込ませるなどの手段で物質的に封印して保管するか、精神的に解体・償却してしまうか、更に処理が必要になる。だがいったん閉じ込めてしまえば、達也の役目は終わりだ。別の専門家に引き継ぐことが出来る。

 修行の内容は、言葉で表現すれば単純だ。幹比古が精霊を呼び出し、力を注ぎこんで故意に暴走状態を作り出す。それを達也が無系統魔法で拘束し、想子ごと圧縮して安定的な凍結状態に変える。想子の殻で情報体を覆いつくすだけでなく、想子を混ぜて一緒に固めてしまう。放射性廃液をガラスに混ぜて固化するのに似ているだろうか。固めた物を保存する容器を別に用意しなければならないし、最終的な無害化には別途の処理が必要だ。だがとりあえず、パラサイトが何処かに飛んで行ったり別の人間を侵食したりするのは止められる。

 

「今のは良かったんじゃないかな」

 

 

 木曜に始めたばかりで、まだ完成には程遠い。だが、少しずつコツを掴みつつあるのは確かだった。

 

「そうか?」

 

 

 幹比古に褒められても、達也は手応えをあまり感じていない。だがそれは完成形のイメージが強すぎる為で、八雲の許を訪れた時に比べれば明らかに進歩している。

 

「そうだよ。達也、自信をもっていい。普通の人間だったら、始めて数日でここまで出来るとは思えないし、達也が焦る気持ちも分かるけど、上手くなってきているのは確かなんだし」

 

「……そうだな。懐疑的になっても意味は無いか。幹比古、もう一度頼む」

 

「何度でも」

 

 

 嫌な顔一つせず、幹比古が頷く。達也は友人の助力に感謝しながら、『封玉』を放つべく体内で想子を練った。

 

「うん、やっぱり木曜日と比べて、だいぶスムーズに出来てるよ」

 

「幹比古が手伝ってくれてるお陰だな」

 

「いやいや、僕の力なんて微々たるもので、これは達也の才能と努力の結果だよ」

 

「おっ? 達也と幹比古じゃねぇか。こんなところで――例の術式の練習か?」

 

 

 演習林をかき分けて現れたレオが、達也と幹比古の姿を見てすぐに状況を察した。

 

「レオは運動かい?」

 

「そろそろ俺たちも引退だからな。顔を出せるときに出しておかねぇとと思ってな」

 

「それにしては、君以外の部員の姿が見当たらないけど?」

 

「まだ後ろの方じゃねぇか? 久しぶりだから体力が有り余ってるんだよ」

 

「君は相変わらずだね」

 

 

 この場にエリカがいたら「体力バカ」と言ったかもしれないが、幹比古はその単語を口にしなかった。幹比古は一年の時、魔法の才能よりも、レオや達也のように頑丈な身体が最後に物を言うという事を知っているので、体力はあるに越した事は無いという考えを持っているのだ。

 

「それじゃあ、邪魔しちゃワリィし、俺はそろそろ行くぜ」

 

「そうか。帰りに会えると思うから、話はその時に」

 

「おぅ。俺もそろそろ桜井の見舞いに行っておかねぇととは思ってるんだが、女子の病室に一人で行って良い物なのか分からないんだよな。その話も後でして良いか?」

 

「あぁ、構わない」

 

「それじゃあ、練習頑張ってくれよ」

 

 

 軽く片手をあげて、レオは現れた時と同じように演習林をかき分けてこの場を去って行った。

 

「レオも何かしたいって思ってるんだよ」

 

「分かってる。だが今回の相手はレオにとって相性が悪いだろうしな。肉体的なダメージを与えても、すぐに回復してしまう。間合いを侵食する術を持っていないレオは、光宣や他のパラサイトとなるべく戦うべきではない」

 

「そうだね。近接格闘ならレオの得意分野だけど、今回はそれで片が付く相手じゃないもんね。でも、何かしたいって気持ちだけは汲んであげて欲しい」

 

「分かってる。レオの力が必要な時が来れば、頼らせてもらうつもりだ」

 

 

 達也にとってレオは、自分の家の事を知っても態度を変えなかった貴重な友人の一人として認識されている。もちろん、非情になる時が来ればあっさり見捨てるだろうが、そうならなければ無理に距離を取る必要も感じない相手だ。頼れる時には頼る事も考えていた。

 

「それじゃあ、もう一度頼めるか?」

 

「もちろん。何時光宣くんが攻めてくるか分からないんだし、回数を重ねるのは必要な事だよ。それに、僕だって達也の役に立ちたいって思ってる人間の中の一人なんだから、遠慮しなくて良いよ。これは僕にしか出来ない事だしね」

 

「そうだな。それじゃあ、完成に向けて努力するとしよう」

 

 

 達也の言葉に力強く頷いてから、幹比古はもう一度精霊を呼び出し、意図的に暴走させた。既に何度もやっている手順なので、幹比古の方も精霊を呼び出し暴走させるまでの時間がだいぶ早くなっているのだった。




達也だけでなく幹比古もレベルアップ中

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