劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1579 / 2283
見た目の強さでは克人の圧勝


光宣VS克人

 真由美が屋上から落下したのは、光宣にとって完全に計算違いだった。彼は慌てて真由美を救助する魔法を放とうとしたが、その寸前に彼女の身体は容貌魁偉な男性によって救助された。

 

「十文字さん……」

 

 

 その巨体は、十文字家当主・十文字克人のものだった。克人は真由美を抱いたまま、光宣に背中を向けた。彼女の身体を、そっと道路に横たえる。光宣は克人を、背中から攻撃しなかった――否、出来なかった。彼は「少し待て」と無言で語る克人の背中に、気を呑まれていた。

 克人が立ち上がり、振り返る。光宣は咄嗟に『仮装行列』の幻影を残して後退ったが、それは回避としての意味がなかった。透明の壁が、克人から放たれる。約二畳、縦横一・八メートル余りの、固体不透過の性質を与えられた魔法障壁、それが猛スピードで光宣に迫る。

 光宣は慌てて右に跳んだ。個体以外の物質・物理的エネルギーには影響を与えない障壁だが、「個体を通さない透明な壁」という性質を空間に与える魔法であるが故に、この定義と相反する性質を空間に与える幻影とは両立しない。克人が放った「壁」は光宣の『仮装行列』を粉砕し、光宣の身体を掠めて闇の中に消えた。路面に身を投げ出す事で克人の攻撃を躱した光宣は、すぐさま立ち上がり次の魔法を編み上げた。周公瑾の知識を取り込むことで新たに修得した、方位を偽装する魔法『鬼門遁甲』。同時に左へと走る。『鬼門遁甲』が成功していれば、克人からは逆方向へ逃げたように見えるはずだ。

 だが彼の逃走は、わずか二歩で頓挫した。彼の行く手に、対物障壁がそびえたったのだ。

 

「(『鬼門遁甲』が効いていない?)」

 

 

 光宣は一瞬そう思ったが、すぐに己の思い違いに気付いた。克人の魔法障壁は、直径四メートル、高さ二メートルの円形に構築されていた。全ての方位を取り囲む壁。方位を誤認させる『鬼門遁甲』は、意味をなさない。

 真上から、壁が迫る。円筒状の檻に蓋をする格好で、円形の「天井」が落ちてくる。包囲陣内全てを押し潰す魔法障壁に、光宣は同じ対物シールドで対抗した。直径四メートルの円い壁に対して、直径五十センチの円形シールドに全力を注ぐ。光宣の障壁と克人の障壁が同時に砕け散る。光宣はすかさず跳躍の魔法を発動し、「檻」の中から脱出した。

 着地と同時に光宣は片膝を突いてしまう。「鉄壁」の二つ名を持つ十文字家、その最強の魔法師と障壁魔法でせめぎ合ったのだ。克人が広く力を分散し、光宣が狭い範囲に力を集中したからこそ辛うじて相殺で来た。この力比べは、光宣を酷く消耗させていた。

 しかし光宣には、のんびりと休んで力の回復を待つような余裕は無かった。克人は光宣に休憩を許すような、甘い人間ではない。追撃が来る前に、光宣は反攻の魔法を放った。

 

『青天霹靂』

 

 

 彼が得意とする放出系魔法の中でも、対人魔法としては高い攻撃力を持つ術式だ。消耗した今の光宣にとっては、決して軽く行使出来る魔法ではないが、生半可な攻撃では克人に通用しない。一塊の空気分子がプラズマと化す。そこから電子のシャワーが克人に向かって降り注いだが、克人には届かない。僅かな時間差で雪崩落ちた陽イオンの群れも、全てが魔法障壁に阻まれる。

 それは光宣の想定内だった。虚勢ではなく、彼は最初から『青天霹靂』で克人にダメージを与えられるとは考えていなかった。光宣がポケットから黒光りする札――令牌を取り出し克人に向けた。『黒犬』と呼ばれる西洋の古式魔法をアレンジした、周公瑾の攻撃魔法『影獣』だ。

 

「(アストラルサイドから因果を逆転させる系統外魔法だ。対物理シールドでは防げないはず!)」

 

 

 しかし漆黒の『影獣』は、克人の身体に触れる事無く魔法障壁に衝突して消えた。

 

「(……十文字家の障壁魔法には、防御する対象を限定して、他の空間属性を本来あるべき性質に維持する作用があるのか)」

 

 

 光宣はその結果に動揺するのではなく、目の前の現象から克人の魔法を冷静に分析した。光宣は分身をばら撒いて、その陰の間を素早く跳び回った。『仮装行列』ではなく単なる虚像を作っているのは、魔法のリソースを節約する為。そうして克人の目を眩ませながら、彼は次々と魔法を繰り出した。

 『スパーク』『青天霹靂』『プラズマ・ブリット』『熱風刃』といった彼が普段から使い慣れている魔法だけでなく『窒息乱流』や『ドライ・ブリザード』といった七草姉妹の得意魔法まで、彼は克人の意表を突く目的で多彩な術式で攻め続けた。

 しかしその全てを、克人は防ぎとめて見せた。そして僅かな隙を突いて、攻撃型ファランクスの障壁を飛ばす。一ヵ所に何十回と集中するのではなく、ばら撒かれた幻影全てへ、散弾式に。その内の一枚が、光宣に命中した。

 『攻撃型ファランクス』は個体不透過の障壁を次々と叩きつける事で相手の防御を破壊し、本体を押し潰す魔法。一枚だけならば、通常の加重系魔法とそれ程変わらない。光宣は対物シールドで、克人の障壁を相殺したが、そのことで自分の居場所を克人に曝してしまった。

 押し寄せる『攻撃型ファランクス』に対して、『鬼門遁甲』は間に合わなかった。光宣は自分のシールド解除と、加速魔法発動を同時に行った。

 克人の障壁が、光宣の肉体を撥ね飛ばす。光宣は激痛に途切れそうになる意識を懸命につなぎ止め、飛ばされる方向を上方に改変、勢いを増幅する。肋骨を何本か、内臓にも深い傷を負いながら、彼はさらに反重力の魔法を自分に掛けた。

 闇の中、光宣の身体が勢いよく上昇する。彼は傷だらけになりながら、低く垂れこめた雲を突き破って逃走を果たしたのだった。




魔法戦闘でも克人が優勢でした……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。