劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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もう一歩先を考え無いと……


真由美の勘違い

 自分の得意魔法が光宣の魔法に破られた事で、真由美は先ほど以上に本気を出す事にした。

 

「(本体が見つけられないんだったら!)」

 

 

 真由美の得意魔法は遠隔精密射撃。標的の位置が分からなければ、彼女の特技は活かせないが、彼女は「世界屈指の遠隔精密射撃魔法の使い手」であると同時に、「万能」の二つ名を持つ七草家の、長女にして恐らくは最強の魔法師だ。真由美の手札は「点」の攻撃だけではない。

 

「(『仮装行列』は自分の近くに幻影を置いて、敵の攻撃を逸らす魔法……だったら、光宣くんの本体は、屋上の何処かにいるはず!)」

 

 

 真由美は『仮装行列』の特徴をそう聞いていたので、彼女は新たな魔法式を構築する。ドライアイスの弾丸を一面に降らせる魔法『ドライ・ブリザード』。屋上の上空三メートルに二酸化炭素の気塊が形成され、摂氏マイナス十八度の礫が叩きつけるように降った。屋上の約三分の二がその範囲に入っているが、その攻撃が光宣にダメージを与えたことを示す痕跡は何もない、それでも真由美に動揺は無かった。ドライ・ブリザードの弾幕は、彼女にとって本命の為の準備に過ぎない。

 真由美が気体を閉じ込める檻を形成する。出入りを防げるのは気体だけ。その中で、ドライアイスが一斉に昇華した。二酸化炭素濃度が極めて高い、摂氏マイナス数十度の空気塊が屋上の半分を覆う。真由美は二酸化炭素以外の気体を徐々に排出しながら檻を縮め、同時にその内部に研ぎ澄ませた感覚を向ける。この中に光宣がいるなら、何らかの魔法防御を行使しなければならない。

 しかし何時まで経っても屋上に新たな魔法の気配はなく、その代わり真由美が熟知している強大な魔法の気配が地上に生じた。

 

「(騙された!)」

 

 

 真由美は漸く、絡繰りに気づいた。光宣の狙いは一貫して、裏口からの院内侵入だった。光宣の幻影は、彼女を遠ざける為のダミーだったのだ。真由美は気体遮断の障壁をそのままにして、屋上を裏口方向へ走った。

 

「(香澄ちゃん、泉美ちゃん!)」

 

 

 彼女は悲鳴を懸命に噛み殺した。香澄と泉美が倒れている。最悪の予想が、現実となっているかに見えた。だが今優先すべきは光宣の捕縛。少なくとも光宣を撃退しなければ、妹たちの治療も出来ない。

 狙いは裏口の扉に手を伸ばしている光宣。真由美は屋上に確保している大量の二酸化炭素を使って、ドライアイスの弾丸を形成・射出した。光宣が手を引き、大きく後方へ跳ぶ。真由美の攻撃は、光宣の残像を貫くに留まった。

 

「光宣くん、投降しなさい!」

 

 

 真由美の呼びかけに、光宣が顔をあげる。光宣から返事は無く、真由美の言葉に従う素振りも見せなかった。真由美は躊躇わず、ドライアイス弾で光宣を狙い撃つ。

 

「(また!?)」

 

 

 彼女の弾丸が、光宣の身体と重なり、背後の地面で砕けた。今度こそ『仮装行列』、真由美は瞬時にそう判断した。

 真由美は自分の制御下にある二酸化炭素の塊を、固体化せずに圧縮した。十メートル四方の気体が、直径一メートルの球体に押し込められる。彼女はその球体を光宣に向かって投げつけた。路面に激突した直径一メートルの球体は、半径五メートルの半球状に広がった。それ以上は拡散しない。妹たちを圏外に置く、それを真由美は忘れていなかった。

 二酸化炭素の濃度は、中毒を起こすレベルを軽く突破している。パラサイトの代謝機能が人間と大差ないならば、この気体の中でそのまま呼吸するのを、光宣は避けるはずだ。

 真由美は半球内に緩やかな気体の流れを作り出した。その流れがある地点で遮られた。幅からして光宣の体格だと判断して、真由美はその一点に向かって『魔弾の射手』の集中砲火を浴びせた。

 街灯の弱い光に、立ち尽くす少年の姿が浮かび上がった。『仮装行列』が敗れたのだ。光宣の姿を見ても、真由美は銃弾の威力と精度を上げて捕縛しようと集中していた。

 不意に、光宣が右手を挙げた。真由美は降参の合図かと思った。そこに隙が生じなかったとは言い切れないが、銃撃は途切れていなかった。だから光宣の反撃は、真由美の隙とは無関係に行われたとみるべきだろう。

 真由美を誘い出した光宣の幻影は『ドライ・ブリザード』を放った時点で消えていた。だから彼女は、虚像が投影されていた場所に濃い影が生じても、それに気づかなかった。

 影から四本の脚が伸びる。首に続いて頭が形作られ、反対側に細い尻尾が付く。そのシルエットは虎に似ていた。大きく開いた口の中に牙が生え、咆哮の代わりに雷鳴が放たれた。

 真由美が慌てて振り返ったが、既に雷を纏った獣は目の前だった。真由美は成す術なく獣に押し倒され、獣の牙が真由美に突き刺さる。血が噴き出す代わりに、彼女の身体は意識を奪う電撃に襲われ、屋上の縁に採れた真由美の身体がぐらりと揺れた。

 

「しまった!」

 

 

 その叫びは光宣の口から放たれた。

 

「真由美さん!」

 

 

 真由美の身体が落下する。光宣が彼女を受け止めるべく、重力制御の魔法を構築する。しかしその魔法が放たれるより先に、真由美の身体は空から降ってきた逞しい人影に包まれたのだった。




光宣も非情になり切れてないんですよね……

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