劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1576 / 2283
泉美の愛が重い気が……


双子の切り札

 今の状況は二対一。順番に、一人ずつ戦っているのではない。今の状況でも、香澄と泉美は連携している。泉美が言っているのは、単純な頭数の問題では無かった。二人が二人として戦うのではなく、二人の力を一つにしなければ光宣には勝てない。泉美はそう言っているのだ。そして香澄も、それに頷いた。

 二人が互いの指を絡める。香澄の右手と泉美の右手の、掌がピタリと合わさる。双子の姉妹は互いを引き寄せて正面から向かい合い、もう一方の手も繋いだ。香澄の左手から泉美の右手に、想子が流れ込む。泉美の左手から香澄の右手に想子が流れ込む。繋いだ手と手を通して、二人の想子が二人の身体を循環する。

 思い出したように、光宣から魔法が放たれた。向かい合った双子の直上に、事象改変の力が作用する。しかし、光宣の魔法は未発に終わった。先ほどまでとは比べ物にならない強さの領域干渉が、姉妹の身体を守っていた。

 

「行きます」

 

「任せた!」

 

 

 泉美が囁き、香澄がそれに応える。泉美が左手首に巻いたCADから思考操作により起動式が出力される。二人の乗積魔法に、どちらかが主でどちらかが従という決まりはない。香澄が魔法式を構築し、泉美が事象干渉力を付与するという役割分担が多いのは確かだが、その逆、泉美が魔法式を構築し香澄が事象干渉力を担う形でも、乗積魔法は全く同じように作動する。

 暗闇に光源が生じた。目を眩ませる強さではない、照明の役割を果たすだけの光が光宣の身体を照らす。魔法の明かりの下で、光宣は戸惑いの表情を浮かべていた。こんな、何の攻撃力も持たない魔法に力を割く意味が分からなかったのだろう。

 無論ここまでは、準備段階に過ぎない。魔法の照準を付けやすくするための手順だ。次の魔法が発動する。光宣もぼんやりしていたわけではないが、戸惑いが決断を鈍らせたのか、今度は泉美の方が早かった。

 光宣の頭上で突風が渦巻く。大量の空気が常温を保ったまま一瞬で圧縮される。泉美はその空気塊を光宣にぶつけるのではなく、直下へ向けて介抱した。断熱膨張により急冷却された下降気流が光宣を襲う。『冷気嵐流』。深雪に憧れる泉美が、深雪と同じ冷却魔法を使いたいという気持ちから新たにに会得した魔法だ。

 

「つ、冷た!」

 

「ゴメンなさい!」

 

 

 氷の霧を含んだ風に吹かれて、香澄が悲鳴を上げる。謝る泉美の声は、少し強張っていた。寒さと動揺、その両方が原因だ。『冷気嵐流』はまだ修得したばかりで、余波を防ぎ得る程、完全ではなかったようだ。

 

「いいよ。それより、やった?」

 

 

 香澄に言われるまでもなく、泉美も霜に覆われた光宣の姿を見詰めている。光宣は魔法の光に白く煌めきながら立ち尽くしている。動きは無い。その代わり、倒れもしない。

 光宣が手足の力を失っているなら、転倒しないのはおかしかった。仮に全身が硬直していたとしても、そのまま立ち続ける事は普通、不可能だ。

 

「香澄ちゃん、もう一度!」

 

 

 泉美の叫びと、光宣の変化は同時だった。光宣の髪や顔や服についた霜が、一瞬で消える。霜が消えた後の彼は、濡れてもいなかった。光宣が右腕を泉美たちに差し伸べる。

 

「行くよ!」

 

 

 香澄が焦った声で泉美に応えた。ただしさっきの繰り返しではなく、今度は香澄がイニシアティブ取る。窒素の割合が九十パーセントを超える強風が、光宣に向かって吹いた。『窒息乱流』酸素濃度が極端に低下した気流で酸素欠乏症を引き起こす魔法だ。

 しかし、双子が放った『窒息乱流』は光宣のシールドに阻まれ、上空から引きずり下ろされた下降気流で無効化された。

 

「―――」

 

 

 光宣の唇が動くのを、泉美は見た。香澄はそれに気づかなかったし、荒れ狂う風で泉美も何と言ったか聞き取れなかった。だが泉美は何となく、「今度は僕の番だ」と光宣が告げたと思った。

 瞬間的な魔法発動の兆候を、泉美は感じた。同時に、そよ風が吹いた。泉美は慌てて、対物シールドを展開した。だがその風は、シールドの表面で止まり、シールドの内側で再び吹き始める。風が魔法障壁を通り抜けたのではない。魔法が、障壁を通り抜けたのだ。もっとも、それ自体に然したる意味は無かった。泉美と香澄が最初に風を感じた時点で、既に手遅れだった。

 香澄がふらりと倒れる。慌てて香澄を抱き留めた泉美が、忘れていた呼吸を再開する。その直後、泉美の意識も呑まれた。

 香澄と泉美の身体は、地面に激突する前に見えない手で受け止められた。そのままそっと道路に横たえられる。二人の身体を受け止めたのも二人の意識を奪ったのも、光宣の魔法だった。

 前者は移動系魔法による停止と、加重系魔法による重力の軽減。後者は収束系魔法による酸素濃度の低下。双子が使った『窒息乱流』と原理的に同じ魔法だ。二人の魔法防御を力づくで突破するのではなく、相手が発動中の魔法と同種類の魔法を使う事で自他の魔法を誤認させるテクニックを使ったのである。これは周公瑾の知識から仕入れた技術だった。

 

「二人では僕に勝てない」

 

 

 道路に横たえられた二人を見詰めながら、光宣はそう呟いた。




光宣も結構甘い

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。