幹比古が落ち着いたのを見て、達也が再び口を開く。
「お前たちに注意してもらいたい事は、エリカ、レオ、幹比古。俺は光宣が水波を連れ去る為の策として、お前たちに接触してくる可能性があると考えている」
「あたしたちを協力者に仕立て上げようとするって事?」
「こっちで光宣の知り合いと言えば、七草先輩、香澄、泉美の姉妹を除けば、お前たちくらいだからな」
「……確かに、今の話を聞いてなけりゃ、光宣に力を貸していたかもしれんな」
「光宣君はパラサイト化しているんだろう? 人間とパラサイトの見分けが付かないと思われるのは心外だな」
レオは素直に認めたが、幹比古は不満を口にした。人と妖魔の区別が出来ないと思われるのは、古式魔法師のプライドが許さないのだろう。
「俺は光宣が自分から正体を明かすまで、アイツがパラサイトになっていると分からなかった」
「……そうなんだ」
達也が正直に話すと、幹比古は渋々ながらも納得した。自分の方が達也より優れているとは、幹比古も言えなかったのだ。
「パラサイトに対する感覚は、幹比古の方が俺より上かもしれない。だが九島家には情報体を偽装する魔法がある。光宣はパラサイト化していても『九』の魔法を失っていない」
「いや……柴田さんの『目』なら兎も角、僕の感覚が達也より上だと言い切る自信は無いよ。それに、光宣君に対して警戒が必要だという事は理解している」
「それを納得してくれれば良い」
「うん……ところで」
「何だ?」
「光宣君に取り憑いたパラサイトは、いったい何処から来たんだろう」
「まさか、またアメリカから侵入されたのか?」
「いや、前回封印したパラサイトだ。何者かに持ち去られた二体の内の一体は、九島家が持っていた」
レオの問いに答えて、達也はこの場で初めて逡巡を見せた。迷った末に、達也は事実を打ち明ける事を選んだ。
「……実は、リーナが日本に来ている」
「リーナさんが、ですか?」
「お兄様!?」
美月と深雪が同時に反応する。美月は純粋にリーナが来日している事に対して疑問を懐いたようだが、深雪は完全に驚愕していた。達也が秘密にすべきその事実を、たとえ友人に対してとはいえ、明かした事に対するものだった。彼女の驚愕は、最近では鳴りを潜めていた昔の呼び名を思わず使わせてしまう程大きかった。幸いその事に対してツッコミを入れる人間は誰一人いなかった。
「リーナの来日には、USNAで再びパラサイトが発生した事が関係している」
「アメリカでパラサイトが……」
続けて投げ込まれた爆弾の破壊力が高過ぎて、皆それどころではなかったのだろう。辛うじて反応できたのは幹比古だけで、他の五人、エリカ、美月、レオ、ほのか、雫は言葉を失っている。一日だけ一緒に過ごしたとはいえ、詳しい話を聞いていなかったのだろう。
「光宣に取り憑いているパラサイトは、それとは無関係だ。しかし、USNAで新たに発生したパラサイトが日本に侵入するような事があれば、光宣と共闘する事態は十分に考えられる」
「達也……パラサイトを無力化する手段はあるのかい? もし、僕の力が必要だったら……」
「九島閣下からパラサイトを封印する魔法が提供される事になっている」
「九島閣下って、『老師』のことよね?」
「光宣の祖父さんだろ……?」
エリカとレオが、九島烈と光宣の関係を指摘して信憑性に疑問を呈する。
「身内だから役に立たない術式を渡すとは考えられない。だが、もし上手くいかなかった場合は、幹比古。お前を頼らせてもらうかもしれない」
達也は身内贔屓こそ否定したが、九島家の魔法が光宣に通用しない可能性は低くないと考えていた。九島家にパラサイトを封じる魔法があるのは確実だ。そうで無ければ、パラサイドールのような兵器は作れない。しかし光宣も九島家の魔法師だ。当然、パラサイドール製造に投入された術式を知っているに違いない。今や自らを縛ることになるその魔法から逃れる方法を編み出そうとしているはずだ。いや、対抗手段は、既に完成しているかもしれないと達也はそう考えていた。
「その時は、是非力にならせて欲しい」
幹比古は達也に、力強く頷いた。妖魔対策は古式魔法師の使命。幹比古の応えには、そんな信念が込められたいた。
「ところで、桜井を狙ってるなら、こんなところで呑気に説明してる場合じゃないんじゃねぇか?」
「既に師族会議には通達してある。ウチだけではなく、七草家と十文字家も病院警備を引き受けてくれている」
「十文字家は兎も角として、七草家は何か胡散臭くないか? 前のパラサイトの時だって、横からかすめ取っていったのは七草家なんだろ?」
「今回そんな事をすれば、さすがに十師族の地位を保てないと七草弘一だって理解しているだろうし、そんな計画を企てられる程、今回のパラサイト騒動は簡単ではない」
「前回も散々苦労したと思うんだけど?」
「前回は取り憑いていた人間はそこまで強くなかった。だが今回取り憑いている魔法師は強力な魔法師だ」
「達也がそこまで言うっていうことは、光宣って優秀な魔法師だったんだな」
レオがしみじみと呟いた言葉に、幹比古も「そうだね……」と答える事しか出来なかった。他のメンバーは、達也がそこまで光宣の事を認めているのを羨ましく思う反面、足手纏いにならないようにしようと心に誓っていたのだった。
今回は殺したらダメという縛りもあるし……