劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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あまり楽しそうではないな


島内案内ツアー

 案内された部屋を一通り見て回ったリーナは、ボソリと感想を漏らした。

 

「ふーん……ホテルというよりコンドミニアムね」

 

 

 リーナが懐いた印象に、達也も深雪も、ミアも異論は無かった。

 

「食材も冷蔵庫とストッカーに用意されているし、服以外は当面必要なさそうだな」

 

「……そうね」

 

「この管理施設には住居だけではなく日用品店舗や訓練室、レクリエーション室も備わっております。それらもご覧になっては如何でしょうか?」

 

「……案内してもらえますか」

 

 

 リーナはここでも、自分に「No」を口にする権利は無いと誤解していた。彼女は避けられないセレモニーのつもりで、兵庫に向かってそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 施設を一巡りして部屋に戻ってきたリーナは、おどろきを隠せない表情で達也に尋ねる。

 

「ねぇ……私、ここに住ませてもらってホントに良いの?」

 

「気に入ったようで何よりだ」

 

 

 自分が答えるのも変ではないかと達也は感じていたが、リーナが尋ねているのは達也だ。彼はとりあえず、思い浮かんだセリフを返した。

 

「これで気に入らないなんて言ったら罰が当たりそう……」

 

 

 リーナの声には疲労感が滲んでいるが、肉体的な疲労ではなく精神的な疲労、驚き疲れているのだ。

 

「それに、あんな物まで見せてもらってよかったの……?」

 

 

 リーナの瞳が不安げに揺れている。彼女を主客にしたガイドツアーの行き先は、刑務所施設だけでは無かった。建設中の研究所もツアーに含まれていた。

 居住関連施設を一回りした後、達也、深雪、リーナ、ミアの四人は刑務所のヘリを使って島の東部に向かった。操縦したのは、やはり兵庫。刑務所の人間を信用していないというより、兵庫は達也の「運転手」を他人に譲る気が無いようだ。兵庫が達也に仕え始めてからまだ二ヶ月ほどしか経っていないが、兵庫は達也に忠誠心を捧げるに値する何かを見出したのだろう。早くも達也の忠臣に収まった感がある兵庫が最後に案内した場所は、達也が着陸直前の機中から目に留めた感応石の精製工場だった。

 感応石はCADの心臓部だ、その基本的な製造方法は広く知られている。軍事技術として開発されたCAD関連の技術は、特許で保護されていない代わりに公開もされていないが同盟国間の技術提供やスパイ合戦で技術流出が進み、今では秘匿する意味がなくなっている。

 しかしそれは、あくまでも基本的な技術。事実上公開されている技術で感応石は製造出来るが、高性能な感応石は精製出来ない。感応石は想子信号と電気信号を相互交換する部品だが、全ての感応石が同じように想子信号を電気信号に変換し、電気信号から想子信号を発するわけではない。設計次第で性能が変わるし、仕上げ加工によって効率が更に変化する。ある感応石は想子信号を電気信号に変換する効率が高く、別の加工ラインで生成された感応石は電気信号を想子信号に変換する効率が高い。微弱な信号を変換する能力に秀でた石もあれば、信号を忠実に再現する能力に秀でた石もある。例えば感応石の総合的能力で高い評価を得ているのはドイツのローゼン・マギクラフト、イギリスのマクレガーワンド、アメリカのマクシミリアン・デバイスの順だが、信号を再現する正確性に限って言えば日本のFLTが世界一の企業だと言われている――軍や国の研究機関が直接製造する感応石の性能は、詳しく分かっていない。

 感応石の設計は各企業の、そして各国家の持つ重要な知的資産だ。感応石の精製工場を部外者に見せるのは、魔法産業の常識からしてあり得ない事だった。リーナの「あんな物まで」という言葉は、この「常識」を反映していた。

 

「それが理解出来るなら、無闇に近づこうとは考えないだろう?」

 

「……そんな分別のない真似、最初からしないわよ」

 

 

 達也の回答に、リーナは不満を露わにする。だがその語調は、力強さに欠けていた。この島にどのくらいの期間、隠れていなければならないのか、今の段階では分からない。潜伏が長期間に及べば、緊張感も遠慮も薄れていくに違いない。あのエリアの重要性を理解していなかったら、うっかり足を踏み入れて警備員と無用なトラブルを起こしていたかもしれない。その可能性を、リーナは自分で否定しきれなかった。

 

「そうだな」

 

 

 達也はリーナの言い分を軽く受け流して、兵庫へと振り返る。兵庫は視線による合図だけで、いつの間にか手に持っていたお洒落な封筒を達也に渡した。

 

「リーナ、この部屋の鍵だ」

 

「あ、ありがと……」

 

 

 リーナは封がされていない封筒を開けて、中に入っている物を確かめた。出てきたのは、金色のICカードが一枚。

 

「そのカードで、食事やショッピングを含めて、島内の全施設を自由に使える。紛失しても再発行は可能だが、少し面倒な本人確認が必要だ」

 

「分かったわ。気を付ける」

 

 

 リーナはカードを両手で大事そうに握り込んだ。

 

「何かあったら、部屋の固定端末から電話してくれ。俺宛じゃなくてもいい。深雪にも亜夜子にも、四葉本家にも繋がるようになっている」

 

「了解よ」

 

「他に聞きたい事は?」

 

「今は無い。分からない事があったら電話するわ」

 

「そうしてくれ」

 

 

 達也が深雪へと振り返る。達也の斜め後ろにいた深雪が、半歩前に出た。

 

「じゃあ、リーナ。ごゆっくり。また会いに来るわ」

 

「ええ。本当に、色々とありがとう」

 

 

 リーナが少し照れくさそうに、小さく手を振ると、深雪はクスッと笑って、軽く手を振り返したのだった。




深雪が半分くらい空気だった

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