劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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新たなフラグの気配が……


船移動

 達也の都合に合わせたのに、誰一人都合の悪い人が居なかったのは、果して偶然なのだろうかと、達也は少し疑問に思ったのだが、折角盛り上がってる皆の気分を悪くするのは避けようと思ったのだろう。達也は男の子らしく船のエンジン部分を観察していた。

 

「フレミング推進機関か……エアダクトが見当たらないから電源はガスタービンじゃないな。光触媒水素プラント+燃料電池か?」

 

「念のために水素吸蔵タンクも積んであるよ」

 

 

 予想外の答えに振り向くと、そこには船長が立っていた。

 

「始めまして。私は北山潮、雫の父親だ」

 

「司波達也です。ご高名はかねがね承っております」

 

 

 差し出された右手に反応して達也も右手を差し出す。失礼のないように浅く握るつもりだったのだが、相手にガッシリと深く握られてしまった。

 

「ふむ、技術だけではない、頭が良いだけでもなさそうだ。実に頼り甲斐のある手だ。さすが私の娘、なかなか見る目がしっかりしてるじゃないか」

 

 

 ジロジロと見られ、だがそれを不快に思わせない技術が潮にはある。それとは別に、達也は潮の事を観察していたのだ。

 

「(これがあの『北方潮』か……噂だけの想像とは随分と感じが違うな)」

 

 

 名前を知っているといったのは、社交辞令ではない。企業の経営層が、プライバシー防衛の為に別の名前を名乗るのは、今では当たり前になっている。達也の父親も、本名の『司波龍郎』ではなく『椎原辰郎』の名前でFLT開発本部長の職についているのだ。

 達也は潮に目礼で断りを入れて深雪を呼んだ。

 

「深雪!」

 

「はい、お兄様」

 

「雫のお父上の北山潮さんだ」

 

「この度はお招きいただきまことにありがとうございます」

 

「いやいや、私も見目麗しいお嬢様に会えて嬉しいよ」

 

 

 社交界で揉まれてる潮は、深雪の姿を見ても絆される事はなかったが、若干鼻の下が伸びてるように、二人の娘には見受けられたのだ。

 

「小父様、私の時はそんな事言ってくれなかったじゃないですか」

 

「いい年して鼻の下なんか伸ばして……」

 

「あ、いや……おお! 君たちも娘の新しいお友達だね! 私は一緒には行けないが楽しんできてくれたまえ」

 

 

 ほのかと雫に迫られて、さすがの「北方潮」も形無しだなと、達也が思っていると、都合良く逸らした先にいたエリカたちに声を掛け、そのまま車へと向かって行った。如何やら仕事が山積みと言うのは本当だったらしいのだ。

 

「少しだけでも船旅の気分を味わいたかったのか……」

 

 

 ギリシャ帽にパイプまで加えて船長の雰囲気を醸し出していたのは、きっとそういう事情だろうと、達也は少し潮に同情したのだった……自分もこの旅行が終われば仕事が山積みになっているので、決して他人事ではなかったのだから。

 

「それじゃあ、そろそろ出発しよう。黒沢さん、お願い」

 

 

 雫がそういうと、クルーザーの操舵手でもあり、目的地の別荘では達也たちの世話をしてくれる黒沢女史が深々と頭をさげた。

 ハウスキーパーと言うよりかは、もっと適切な言葉がありそうな見た目だが、格好はスーツとキッチリしているのでその表現は適当では無さそうだった。

 

「やっぱこれが船旅の醍醐味よねー」

 

「オメェはホント女っぽくねぇな」

 

「あによ! アンタだって思ってるんでしょ?」

 

「俺は男だから別に良いだろ!」

 

「男女差別は良く無いわよー」

 

「テメェ」

 

 

 何時もの言い争いを尻目に、達也は少しのんびりとデッキに佇んでいた。

 

「ご気分が優れないのですか?」

 

「いえ、昨日ちょっと遅くまで起きてまして、その疲れが出ただけです」

 

「中で休まれますか?」

 

「いえ、平気です。ご心配かけてしまって申し訳ありません」

 

 

 普段から大人の中で揉まれている達也は、並の高校生では出来ない対応をあっさりとやってのける。その対応に黒沢女史は関心を抱いた。

 

「では、もし休みたくなりましたらお声をかけてください」

 

「分かりました。それじゃああっちで気持ち悪そうにしている美月と幹比古の世話をお願いしても?」

 

 

 達也が視線を向けた先で、美月と幹比古が気持ち悪そうにしゃがみこんでいた。それほど揺れは大きくないが、如何やら船酔いしたらしいのだ。

 

「畏まりました」

 

「手伝いますよ」

 

 

 自分で言った手前、達也は幹比古を船内に連れて行くのを手伝う事にした。さすがに美月の身体に触れるのは憚られたのだろう。

 

「お兄様、どちらへ?」

 

「美月と幹比古が気持ち悪そうにしてるからな。黒沢さんとで二人を船内の横になれる場所に運ぶだけだ」

 

「吉田君と美月は、船苦手だったんですね」

 

「でもそんなに揺れてないよ?」

 

「それだけ弱いんだろうさ。あの二人はどこか似てるからな」

 

 

 人込みでも似たように気持ち悪そうにしていたので、達也はそんな事を言った。その発言が思春期女子にとって盛り上がるネタになるとは、達也自身思って無かったのだが……

 

「確かにお似合いだよね、あの二人」

 

「美月も吉田君も互いを意識してるっぽいもんね」

 

「でも吉田君はエリカと幼馴染なのよね? もしかしてエリカも?」

 

 

 深雪がある程度確信して言った事に、ほのかと雫は更に盛り上がる。達也はそんな深雪を呆れ顔で見ていたが、幹比古がそろそろ限界に達しそうだったので早急に船内に運び込んだ。

 

「ゴメン達也……」

 

「気にするな。苦手は誰にだってあるものだ」

 

「ゴメン……」

 

 

 気持ち悪そうにしている幹比古の背中を摩り、達也は船室まで幹比古に肩を貸していた。その前では黒沢女史が同じように美月の背中を摩りながら肩を貸している。

 

「司波様、こちらです」

 

「分かりました。それから、自分の事は達也で構いません。妹と区別がつかないでしょうし」

 

「分かりました。では達也様、吉田様は此方の部屋に運んで下さい。柴田様は此方の部屋で横になってもらいますので」

 

 

 これが真由美とかなら、面白がって同じ部屋に寝かすのだろうが、さすがに心得ているようだと、達也は黒沢女史の対応に感心していた。

 

「幹比古、もう少し我慢しろよ」

 

「うん……」

 

 

 顔が真っ青になっている幹比古に声を掛け、達也はベッドまで幹比古を運んだ。漸く横になれてスッキリしたのか、幹比古はそのまま大人しくなってしまった。

 下手に動かして吐かれるのも困ると思ったかは兎も角、達也はそのまま部屋から出た。

 

「美月は?」

 

「柴田様はお休みになられました」

 

「やっぱり……こっちもすぐに寝てしまいました」

 

 

 二人で苦笑いを浮かべながら、達也はデッキへと戻る。そろそろ島に着く頃なので、自動操縦から手動へと切り替える為に、黒沢女史は操舵室へと向かうのだった。




原作では船酔いは無しでしたが、黒沢さんと絡みを持たせる為に二人犠牲にしました

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