劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ある程度の地位があるものが騙されるとか……


司法取引

 カノープスを呼び出した相手――つまり指令室の主がカノープスを正面に見据えて声をかける。

 

「カノープス少佐、掛けたまえ」

 

 

 ウォーター基地司令の言葉に従い、カノープスは敬礼の後、デスク正面に腰を下ろす。

 

「さて。カノープス少佐、貴官にはラルフ・ハーディ・ミルファク少尉の脱走幇助と、これに伴う傷害の嫌疑がかけられている」

 

 

 カノープスの顔に意外感が浮かぶ。その反応を、ウォーカーは予想していた。

 

「シリウス少佐の渡航については、正式な軍命の形式が整っているのでね。さすがはバランス大佐、大したものだ」

 

 

 つまり、リーナに関しては罪に問う隙が無かったという事だ。カノープスの表情から意外感が消え、ポーカーフェイスに戻った。

 

「日本の戦略級魔法師、司波達也に対して、上層部の意見が割れているのは貴官も知っていると思う」

 

「存じ上げております」

 

 

 達也をあくまでも脅威として抹殺するか、脅威ではあるがUSNAの世界戦略に組み込んで利用するか。USNA軍の上層部は、この二つの意見で真っ二つと言っていい状態だった。

 

「だが貴官ならば、あの戦略級魔法はあまりにも強大過ぎて、利用など不可能だと理解出来るはずだ」

 

「………」

 

 

 ウォーカーの語り掛けに、カノープスは沈黙で応じた。ウォーカーは軽く眉を顰めたが。すぐ元の事務的な表情に戻って話を再開した。

 

「私は、司波達也を抹殺すべきだと考えている。アークトゥルス大尉、ベガ大尉も同じ意見だ」

 

「司令官殿、彼らの健康状態には重大な懸念事項があります」

 

 

 カノープスの婉曲な訴えに、アークトゥルス本人が応じる。

 

「カノープス少佐。確かにこの身はパラサイトと成り果てましたが、祖国に対する忠誠は変わりません。それこそが私のコアになるスピリットです」

 

 

 アークトゥルスの向かい側で、カペラがあからさまに顔を顰めた。

 

「アークトゥルス大尉の処遇については、現在検討中だ」

 

 

 ウォーカーはカノープスの警告に耳を貸さなかった。カノープスはこの時点で、ウォーカーがパラサイトの精神干渉下にあることを確信した。相手を人形化する精神干渉ではなく、思考誘導。理性のストッパーを麻痺させ、本人が元々懐いていた欲求や危機感を刺激する事で、操られていると覚らせずに思い通りにコントロールする術中にウォーカーは嵌まっている――カノープスはそう推測した。

 

「少佐。貴官は司波達也の暗殺に賛同できないようだな」

 

「例え敵対が不可避であっても、暗殺などという手段を取るべきではありません」

 

「……そのようなきれい事が通用する世界ではない事は、貴官も良く知っていると思うが?」

 

「きれい事を否定しなければならない事案とは思えません」

 

「……カノープス少佐。取引をしないか」

 

 

 ウォーカーはカノープスの説得を諦め、話題を変えた。

 

「司法取引という意味でしょうか」

 

「そうだ。軍法会議になれば、参謀本部が介入してくるだろう。当部隊の特殊性を考えれば、それは避けられない。現在の状況で少佐の軍法会議が開廷されれば、法廷は司波達也抹殺派と利用派の口論の場となり、両派の対立を激化させるに違いない。軍の運営にも深刻な悪影響を及ぼす恐れがある。貴官がレグルス少尉に対する過失傷害を認めるならば、ミルファク少尉は脱走ではなく任務中の行方不明として処理しよう。アルゴル少尉とシャウラ少尉についても、刑の軽減を約束する」

 

「……具体的には、どのような刑罰になりますか?」

 

「一年間の禁固刑だ」

 

 

 司法取引にしてはかなり重い実刑だが、パラサイトにとって自分が邪魔者であることを考慮すれば、彼らから物理的に距離を取れる禁固刑は好都合かもしれないとカノープスは考えた。

 

「また、刑罰の期間は潜入任務中として処理しておこう。貴官の軍歴には傷をつけないし、ご家族にも心労を追わせないよう配慮する」

 

「……分かりました。ただ、私からも二つ条件があります」

 

「言ってみたまえ。可能な限り対応しよう」

 

「収監先はミッドウェー刑務所を希望します」

 

「……それで良いのかね?」

 

「その方が司令官殿にとっても都合が良いのではありませんか?」

 

 

 自分に邪魔される心配をせずに済むだろう、とカノープスが皮肉ると、ウォーカーは一瞬顔を顰めたが、すぐに不快気な表情を消した。

 

「分かった。そのように取り計らおう。それで、もう一つの条件とは?」

 

「アルゴル少尉とシャウラ少尉も、同様の措置をお願いします」

 

「二人もミッドウェー軍刑務所に保護しろということかね?」

 

「あの二人にも刑が与えられるのでしょう?」

 

 

 ウォーカーの嫌味に、カノープスは全く動じなかった。

 

「――取引成立だ。ミッドウェーには、カペラ少佐に護送してもらう」

 

 

 表情を消して、ウォーカーが告げると、壁際の席でアークトゥルス大尉とベガ大尉が満足げな微笑を浮かべたのに対して、彼らの向かい側に座るカペラ少佐は、終始不機嫌そうな表情のままだった。

 カノープス、アルゴル、シャウラに対する禁固刑は、早くも翌日に正式決定された。この異常に迅速な手続きにペンタゴンでは不審を覚えたものも多かった。だがその決定を妨げようとした者は、バランス大佐を含めて存在しなかった。




抹殺しようとしても消されるだけなのに……

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