劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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風見鶏なのは何処の政府も同じか……


政府の反応

 多少ピクシーが――つまり達也が手を加えたとはいえ、第一高校に対する魔法攻撃は、未遂であってもしっかりと観測されている。国立魔法大学の付属高校の中でも、最も設備が整っているのが一高だ。こと魔法に関する限り、学校周辺を観測する機器の充実ぶりは国防軍の主要基地にも匹敵する。一高の観測機器群は、頭上に酸水素ガスを生成し爆発させる魔法が発動しかけたという事、その魔法が新ソビエト連邦沿岸州から放たれた物であるという事を、客観的なデータ付で示した。そのデータは、十師族を経由し、魔法大学、そして政府へと渡った。

 外務大臣は新ソ連に対して、未遂とはいえ侵略行為だと強く非難し、国際社会に新ソ連に対する制裁を呼び掛けた。また、東道青波の意を受けていた産業大臣のコメントは、更に踏み込んだものだった。あくまでもデータに基づく観測だと断りを入れながら、今回の未発攻撃は新ソ連の『十三使徒』ベゾブラゾフによるものだと発表した。その上で、ベゾブラゾフが協力しているディオーネー計画の平和的性格について深刻な懸念が生じたと決めつけたのだった。

 その産業大臣の記者会見のニュースを朝食の席で見ていた達也は、誰に聞かせるでもない独り言を漏らしていた。

 

「思いがけない副産物だな……」

 

「あら、達也様はそこまで計算されていたのではないのですか?」

 

 

 甲斐甲斐しく達也の世話をして、満足して向かいの席に腰を下ろしていた深雪から、からかい混じりの声が飛んだ。達也は笑みを浮かべる深雪に、苦笑いしながら首を横に振った。

 

「母上がスポンサーにデータを渡すとは聞いていたし、もう少し経てばこういう考えをする政治家が出てきてもおかしくはないとは思っていたが、こんなに早く動くとは思っていなかったし、考えていなかった。学校で『トゥマーン・ボンバ』を迎撃したのは偶然だよ。むしろ、日中に仕掛けてくる可能性は小さいと考えていた」

 

「達也様でも計算違いはあるのですね」

 

 

 計算違いと言えば、水波の入院は深刻な計算違いだが、達也はそれを深雪に気づかせないよう、後悔を意識の奥に押し込めて笑い続けた。

 ニュースの画面が切り替わったのを合図に、達也と深雪は止まっていた食事の手を再開した。ただ、深雪の関心は動いていなかった。

 

「ですがこれで、世論の風向きは随分変わるのではありませんか」

 

「日本国内では、ディオーネー計画に対する逆風が期待できる」

 

 

 達也にも人が悪い事を言っているという自覚はあるが、隠すつもりは無かった。深雪には今更の事だし、隠したところで深雪には見抜かれてしまうからだ。

 それに元々ディオーネー計画自体が陰謀の産物だ。世論工作で自分を宇宙に追放しようとする企みを、世論工作で叩き潰すのに、罪悪感を覚える必要は無い。少なくとも、達也はその必要を認めなかった。

 

「ですが達也様。状況が変わっても、ESCAPES計画はこのまま進められるのでしょう?」

 

「当然だ。本来ESCAPES計画はディオーネー計画に対抗する為のものではなく、タイミング的にそうせざるを得なかっただけだからな。本音を言えば、もっと準備期間が欲しかったんだが、いったんスタートしたからには立ち止まる事は出来ない」

 

「はい。達也様の進まれる道は、間違っていないと存じます」

 

 

 達也が世界征服を企んだとしても、深雪は同じセリフを口にしたに違いないが、今は意味がない仮説だ。達也が目指しているものは、あくまでも魔法の平和的利用なのだから。

 

「そういえば叔母様から、一度巳焼島の視察に行くよう勧められていたのではございませんでしたか?」

 

「ああ。俺も気になっている。母上が巳焼島に予定していた研究施設をESCAPES計画推進の為の施設に変更してくれるというのは、今でも話が旨すぎると思っているのだが」

 

「叔母様はきっと、四葉家の利益にもなるとお考えなのですよ」

 

「だったらいいが……ご馳走様」

 

「コーヒーを用意しますね」

 

 

 達也が箸を置いたのを見て、自分のお皿にはまだ一口分残っているにも拘わらず、深雪がそういって席を立った。本来ならHARに任せろと言うべきなのだろうが、深雪に何を言っても今更なので、達也は黙ってその背中を見送り、先ほどの違和感について考えこむ。

 

「(例の産業大臣のインタビューは、東道青波の意を受けてのものだろう。あの男が約束を違えるとは思えなかったが、まさかあのような手に出るとはな……幾ら俺が確信しているとはいえ、ベゾブラゾフが攻撃魔法を放ったという証拠は、今のところ政府の手には無いはずだ。それをあそこまで断定口調で発表させるという事は、こちらに期待しているという事だろうか)」

 

「達也様、コーヒーをお持ちしました」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 

 深雪からコーヒーを受け取り、達也は思考を一時中断し、この後の事を話題に上げる。

 

「生徒会業務でこの後学校に行くんだろ? 俺も手伝った方が良いか?」

 

「いえ、達也様のお手を煩わせるわけにはいきませんし、達也様と水波ちゃんがいなくてもやっていけるように漸くなりつつありますので」

 

「泉美や詩奈も漸く頼もしくなってきたという事か」

 

「はい。この調子なら、夏休み明けの生徒会長選挙も安心ですね」

 

「対抗馬がいない以上、泉美が次期会長で決まりだがな」

 

 

 学年主席である七宝琢磨は部活連に在籍しており、泉美と僅差の成績である香澄は次期風紀委員長だと噂されている。そうなれば通例的に泉美が次期会長に決まっていても、達也は何も不思議に思わないのだった。




後手後手過ぎるだろう……

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