劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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光宣も分かってるから性質が悪い……


達也VS光宣 その3

 急激な脱力感が達也を襲う。左手首から何かを吸われた。パラサイトの精気吸収能力だ。吸収されたのは一瞬、達也は左手首を掴まれた直後、反射的に腕を捻って光宣の拘束を解いていた。同時に右の手刀を振り下ろし、光宣の左手を手首の手前から切断する。

 光宣が落下する自分の左手を右手で受け止め、後方へ跳んだ。光宣が左手を、切断口にくっつける。今度は達也が目を見張る番だった。光宣の左手は、瞬く間に元通りに繋がっていた。光宣が達也を見て、ニヤリと笑った。

 

「パラサイトの治癒再生能力を見るのは初めてですか? ……そうですか。パラサイトの能力にも個人差があるようですね」

 

 

 達也が表情を微妙に変えたことを見逃さず、光宣は全てのパラサイトに高い治癒能力が備わっているわけではないという事実を引き出した。

 

「パラサイトの能力は、種類もレベルもばらばらだった。光宣、お前が肉体の脆弱性をパラサイトと化した事で克服出来たのだとしても、水波が同じように治るとは限らないぞ」

 

 

 光宣がハッと息を呑む。その隙を逃さず、達也は握り締めていた右手を突き出した。八雲の指導を受けて対パラサイト用に開発した無系統魔法『徹甲想子弾』、その魔法が、本来の役目を託されて宙を翔ける。

 想子弾の飛翔に、本来であればスピードの誓約は無い。だが『徹甲想子弾』はただの想子弾ではない。ただ硬いだけの想子弾でもない。『徹甲想子弾』は情報の次元を飛翔する弾丸。本来情報の次元に移動の概念は無い。「移動する」という情報は存在しても、情報それ自体の位置変化は不連続で時間を要しない。「何処に適応される情報なのか」が書き変わるだけだから、一瞬すらも必要ないのだ。『徹甲想子弾』はその情報次元に、移動の概念を持ち込んだ。「情報の次元を連続的かつ排他的に移動していく」という定義を与えられた、情報素子である想子の塊。それが『徹甲想子弾』だ。

 その所為で、その移動速度は、術者、つまり達也が移動を認識出来る限界内に制限される。それも、自分で投げつける速度の限界内だ。彼は『徹甲想子弾』を投擲の感覚を流用して放っているからだ。それでも移動速度は時速百キロを大幅に上回っているが、弾丸には遠く及ばない。矢の速度にも大きく劣る。光宣は『徹甲想子弾』を視認して、反射的に飛び上がった。ジャンプではない。飛行魔法で「徹甲想子弾」を躱した。

 光宣が使った飛行魔法は、達也が開発した現代魔法の術式ではない。「雲」に乗る、仙人術系古式魔法の飛行術式だ。「雲」の化生体を作り出し、それを足場としての機能と浮遊機能、水平移動機能を与えて空を飛ぶ魔法。その雲を達也が魔法で分解する。

 しかし光宣は落ちてこなかった。今度は過重系の現代魔法で重力を中和して浮いている。光宣が掌を地上に向けて、両手を伸ばした。その掌から次々にプラズマ弾が打ち出される。達也はプラズマ弾の生成を妨害しながら『雲散霧消』を光宣へ向けるが、光宣は連続ジャンプの要領で空中を移動し、『パレード』の幻影を残像のように残しながら空中を蹴って跳んでいた。

 達也は迷っていた。部分分解で傷を負わせても、光宣にはあの治癒再生能力がある。制圧するためには、意識も奪わなければならないだろうが、手首を切り落としても光宣は止まらなかった。何より、光宣の攻撃は致死性のものであっても達也を殺し得るものではないし、深雪や水波に刃を向けていない。

 光宣の動機は、水波の治療だ。つまりいまのところ、敵対は一時的なものでしかないと判断される。たとえパラサイトに変じていても、光宣を今後利用出来る可能性が高い。九島光宣という貴重な戦力を、今ここで失って良いものか。その迷いが、達也の矛先を鈍らせていた。

 

「(しかし、このままでは埒が明かない)」

 

 

 心臓を分解し、組成可能時間内に『術式解体』の要領でパラサイトを吹き飛ばす事が出来れば、その後心臓を『再成』する事で光宣を人間に戻せるかもしれない。達也が事態打開の決意を固めたその時、光宣の攻撃が止んだ。

 

「(やるか)」

 

「達也さん、このままでは埒が明かないと思いませんか? どうやら僕には、殺す以外の手段で達也さんの壁を突破できないようです」

 

「そうだな」

 

「達也さん。僕は、パラサイトになって『健康』な身体を取り戻す事が、水波さんにとってベストな道だと思っています」

 

「俺は、そうは思わない」

 

「そうですね。僕たちの意見は平行線だ」

 

 

 光宣がガラスの無くなった窓へ目を向けた。その向こうには水波の病室がある。光宣が達也に視線を戻す。

 

「でも、僕の考えを水波さんに伝える事は出来ましたので、今日のところはそれで満足しておきます」

 

 

 光宣の身体がスーッと上昇する。彼の足下に、化成体の雲が復活した。光宣はそのまま、雲に乗って飛び去った。

 

「……行ったか」

 

 

 光宣を乗せた「雲」が見えなくなって、達也はため息を吐くように小さな呟きを漏らした。これで終わりではない。まだ何も片付いていない。光宣はまた、やってくるだろう。しかし今日は、これで終わりと考えてもいいはずだ。達也はそう思った。




殺して良いなら、達也の圧勝ですから

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