劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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気にしない方が良いとおもうが


呼び方

 小春と一緒に帰ってきた達也を見て、真由美はムッとした表情で達也の腕を取り、そしてリビングのソファに座らせた。

 

「どうかしました?」

 

「達也くん、お仕事で出かけたんじゃなかったの? 平河さんとデートして来るなんて聞いてないわよ」

 

「すぐそこで一緒になっただけです。同じ場所に向かうのに、別々に歩く必要もないでしょう」

 

「でも、随分と楽しそうな雰囲気だったけど? 達也くんと平河さんって、そこまで楽しそうに話す感じじゃなかったじゃないの。何かきっかけがあったって疑いたくなるんだけど? たかが数分の会話であそこまで打ち解けるものなのかしら?」

 

 

 真由美は完全に達也が小春とデートしてきたと疑っていて、それを事実だと思っているようだが、達也としてはそんな事あるわけないだろうという気持ちが強いので、困った表情を浮かべながら頭を掻く。

 

「なんならFLTに確認してもらっても良いんですが、俺は確かに問題解決の為に出かけたんです。真由美さんが何を疑っているのか、俺にはよく分かりませんが、小春さんと出かけてきたわけではありませんよ」

 

「そんなこと言っても……? いま、なんて言った?」

 

「なんて、とは?」

 

 

 真由美が何に引っ掛かりを覚えたのか分からない達也は、彼女の質問に質問で返した。

 

「今私の事名前で呼んだ?」

 

「何時も呼んでるじゃないですか」

 

「ちがくて! 何時もは達也くん、私の事を『七草先輩』って呼ぶでしょ?」

 

「はぁ」

 

 

 達也としても完全に無意識だったので、真由美が何を言いたいのかいまだに理解出来ていない。何時もなら自分が何かを言い切る前に理解してくれる達也が、ここまで理解してくれないので、真由美はまた韜晦されているのではないかと疑い出していた。

 

「達也くん、分かっててやってるの?」

 

「ですから、先輩は何が仰りたいのでしょうか?」

 

「やっぱりわざとね……」

 

 

 真由美が何を言いたいのか分からず、達也は助けを求めるように、彼女の背後に控えている鈴音と香澄に視線を向けた。

 

「達也さん、さっきお姉ちゃんの事を『真由美さん』って呼んだんだよ。気付いてなかったの?」

 

「別に意識して言ってたわけじゃないからな。というか、たまに呼んでたような気もするが?」

 

「真由美さんと面と向かっては無かったのではありませんか? 私が知る限りでは、達也さんは何時も『七草先輩』と呼んでましたから」

 

「そうでしたっけ?」

 

 

 達也が真由美の事を名前で呼ばなかった事に、特に理由があるわけではない。無理して変える必要もないだろうと考えていただけなので、さっきのように無意識で名前で呼ぶ事くらいあったんじゃないかと達也は考えたが、いちいちそんな事を気にして会話していなかったので、さすがの達也も覚えていなかった。

 

「というか、そんなに気にする事ですかね? 何と呼ばれようが『七草真由美』という人物を差すわけですし、気にしなくてもいいと思うんですが」

 

「他の相手ならそうかもしれませんが、達也さんに名前で呼んでもらえるというのは、私たちにとって特別な意味があるんです。私だって、達也さんに『鈴音さん』と呼んでもらった日は、嬉しくて眠れないかと思いましたから」

 

「そんなものですか? 私は最初から『香澄』って呼び捨てだったから、逆に苗字で呼ばれたら新鮮に思うかもしれませんね。まぁ『七草』って呼ばれたら、泉美も反応しそうですが」

 

「兎に角、達也くんは今後、私の事をちゃんと名前で呼ぶようにしてね」

 

「意識的に変えようと思えば出来るでしょうが、今は別の事を考えている事が多いでしょうし、無意識に苗字で呼ぶことはあると思いますが、それは勘弁してもらいたいですね」

 

 

 よくよく考えれば、婚約者となる前から大抵の相手の事は名前で呼んでいたので、ある意味真由美は特別扱いだったのではないかと達也はそんな事を思った。

 

「まぁ達也さんの現状を考えれば、真由美さんの呼び方に意識を割いている余裕はないでしょうし、それくらいは仕方ないのではありませんか?」

 

「ちょっとリンちゃんの言い方に引っ掛かりを覚えるけど、全部解決するまでは少しくらいは我慢するわよ。でも、だからってずっと苗字のままじゃ嫌よ? 来年には『四葉』、もしくは『司波』に代わるんだから」

 

「年齢的には問題ないので、今すぐ変わりたいですけどね」

 

 

 達也は既に十八の誕生日を迎えているので、結婚するだけなら特に問題は無い。だがここでも深雪がごねる可能性を考えて、達也と深雪が高校を卒業するまで籍を入れる事も我慢しているのだ。

 

「兎に角、達也くんは私の事を意識して名前で呼ぶこと! 考え事をしている時は仕方ないって思うようにはするけど、こういう風に普通にお話ししてる時は、出来る限り名前で呼んでね?」

 

「はぁ……そんなに名前で呼ばれると嬉しいものなのですか? 俺にはよくわからないので、何とも言えないんですけど」

 

「達也先輩の事情は聞いてます。でも、好きな相手に名前で呼んでもらえたら、普通は嬉しいと思いますよ」

 

「そんなものですかね?」

 

 

 香澄の言葉を受け、達也は鈴音に視線を向けると、彼女は力強く頷いた。先に鈴音が言ったように、彼女は達也に名前で呼ばれた日は、浮かれすぎて眠れないのではないかと思ったくらいなので、この反応も仕方ないだろうと真由美はそう思ったのだった。




女の子は呼んでもらいたいんですかね……

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