廿楽とジェニファーに捕まったお陰で、時間的にもちょうどいい具合になったので、達也はカフェには向かわずに生徒会室に向かった。
「達也さん、今から生徒会室?」
「雫か。見回りは終わったのか?」
「もう部活もだいたい終わってるからね。これから生徒会室に報告に行くんだけど、一緒に行ってもいい?」
「同じ場所に行くんだから、別々に行く必要は無いだろ」
達也の返事に、雫は僅かに頬を緩めて達也の隣に立った。
「今日は何をしていたの? カフェが騒がしいって報告は無かったから、そこにはいかなかったんだよね?」
「行こうとは思ってたんだが、職員室前で廿楽先生とジェニファー先生に捕まって、ESCAPES計画の事や課題の事を話していた」
「ESCAPES計画の事は分かるけど、課題って?」
「俺が休んでた間の分の課題だ。授業免除のお陰で、時間はいくらでもあるからな」
「もう終わったって事? 相変わらず達也さんは私たちの常識の上を行く人だね」
「褒めてるのか、それ?」
笑いながらのツッコミに、雫も笑みを浮かべて頷く。達也の冗談も分かりにくいのだが、それがすぐに分かるくらい一緒にいるという事なのか、雫もすぐに冗談だと見抜いていた。
「戻った」
「あぁ、北山さん。お帰り――って、達也も一緒だったの?」
「俺は偶々だ。生徒会室に向かう途中で雫に会って、一緒に生徒会室に行こうって話になってな」
「そういう事。てっきり達也が風紀委員に復帰してくれるのかと思ったよ」
「復帰も何も、二学期には幹比古たちも引退だろ? 今更俺が戻ってきても意味は無いと思うぞ」
「達也がいてくれれば、問題が起こってもすぐに解決してくれるだろ?」
「そんな事は無いと思うが? というか、生徒会で何かが起こった時、幹比古が何とかしてくれるのか?」
「それは無理だね。それで北山さん、何か問題はあった?」
あからさまな話題逸らしだったが、達也も雫も幹比古の態度にツッコミは入れなかった。
「達也さんに対して良く思って無い生徒たちが、達也さんの婚約者に苛立ちの視線を向けてた以外は、平和だった」
「俺に直接文句を言えないから、婚約者たちを睨んでるのか? それは可哀想な事をしたな」
「達也さんが気にする事じゃないよ。それに、いくら睨まれたからといって、それで怯む程達也さんの婚約者たちは精神的に柔じゃないから。むしろ睨み返すくらいの勢いだよ」
全く無い力こぶを作って見せる雫の頭を、達也は自然に撫でる。あまりにも自然なスキンシップに、雫ではなく幹比古の顔が赤く染まる。
「幹比古、どうかしたのか?」
「いや……達也と北山さんの雰囲気が急に婚約者のそれに変わったから、ちょっと恥ずかしくて」
「そうか?」
達也に問われ、雫も首を傾げる。二人からすれば特に意識してのものではないので、幹比古が過剰反応しているだけではないのかと思っているのだが、恐らく幹比古が正しいのだろうと自分たちの行動を少し反省した。
「それで、睨んでくるだけで直接何かされたわけでは無いんだな?」
「そんな勇気無いと思うよ? 何かすれば達也さんに粛清されるかも――もしかしたら四葉家が出てくるかもしれないって怯えてるから」
「何で四葉家が?」
「次期当主である達也さんをUSNAに引き渡せって言いたいんだもん。四葉家が出てくるかもって思うのも無理はない」
「この前の十三束君との一件で、達也に対する評価は二分されちゃったからね……」
「人の一生を左右する問題に、他人がとやかく言う権利は無いと思うけど」
「十三束君に同情的な人は、達也にUSNAに行くべきだって思ってるんだろうね。余計なお世話だと分かっているのかもしれないけど、達也がUSNAに行けばすべてが解決するとか思ってるのかもしれないけど」
「解決どころか、魔法師の未来が無くなるだけだって分からないのかな」
「ぼ、僕を睨んでも意味は無いよ?」
雫が少し怒ったような顔で幹比古を睨みつけたので、思わずたじろいでしまう。雫に幹比古をたじろがせる意思は無かったので、すぐに表情を改めてため息を吐く。
「十三束君もだけど、自分の都合を達也さんに押し付けてるって思わないのかな? 達也さんの人生を他人が決める権利なんて無いわけだし」
「頭では分かってるのかもしれないけど、そういうのは理屈じゃないんじゃないの? 実際僕たちのクラスでも、達也の事で微妙な空気になるし」
「B組にはエイミィがいるもんね」
エイミィが達也の悪口を聞いて黙っているとは思えないので、達也は幹比古に同情的な視線を向ける。恐らくエイミィと他のクラスメイトが衝突するのを、クラスメイトとしても風紀委員長としても見逃せず、胃の痛い思いをしているのだろうという視線だ。
「達也、その同情的な視線は止めてくれないかな? 君が悪いわけじゃないって分かってるけど、恨み言の一つでも言いたくなるから」
「それは悪かったな。別に意図してのものではないから、気にしないで欲しい」
「嘘だよね? 明らかに同情してる目だったし」
「さぁな。さて雫、生徒会室に行くか」
「うん」
幹比古への同情を止め、達也は雫を伴って生徒会室直通の階段を上がっていくのだった。
達也が動じない分、幹比古の胃が……