ほのかと雫と会話していた水波だったが、扉の向こうに深雪の気配を感じ取り視線をそちらに向けた。
『水波ちゃん、入っていいかしら?』
「はい、どうぞ」
深雪の言葉に返事をし、扉のロックを開ける。
「遅かったね、深雪」
「えぇ。ちょっといろいろと準備をしていたものだから」
「ふーん……抜け駆けは駄目だよ?」
「そんな事するわけないでしょ? 私も達也様もまだ学生なんだし、達也様は『そういう事』をするのは正式に籍を入れてからだって仰られてるんだし」
深雪が素面で答えた分、それを聞いていたほのかと水波の顔が赤くなり、雫もどこか居心地が悪そうに視線を逸らした。
「ところで、達也様はどちらに?」
「達也さんなら、先生と話があるって言って出ていった。そろそろ戻ってくるんじゃないかな」
雫がそういったのとタイミングを同じくして、達也が扉を開けて入ってきた。
「お帰りなさい、達也さん」
「あぁ。深雪も来てたのか」
「はい。お待たせして申し訳ございません、達也様」
「いや、構わないよ」
気配で深雪が来ている事は知っていたが、声をかけないと後で不機嫌になり何をされるか分からないので確認した達也に、深雪は笑顔で答えた。
「達也さま、お医者様に何をお聞きになられたのですか?」
「少し気になることがあってな。場合によっては水波の転院も考えなければならない事だから、その相談をしていただけだ」
「水波ちゃんの転院…ですか……?」
何故達也がそんな事を言い出すのか理解出来なかった深雪は、首を傾げながら達也に尋ねる。だが達也は首を横に振って答えを拒み、すぐに表情を改めた。
「急ぎ母上に確認しなければいけない事が出来たから、俺は先にマンションに行っている。ほのか、雫、また明日な」
「は、はい」
「また明日」
ほのかと雫に挨拶をし、深雪と水波にはアイコンタクトで退室の挨拶をして、達也は病室を後にした。
「達也さん、どうしたんだろう……」
「達也さんがあんな顔をするなんて、あんまり見た事が無い気がする」
「そうね。誰もいないところだったり、身内だけの時はたまにしているみたいだけど、ほのかや雫がいる前であのようなお顔をされるのは初めてかもしれないわね」
それだけ切羽が詰まっているという事なのか、それともほのかと雫を身内だと判断したのかは深雪にも分からないが、それだけ重大な事だという事だけは理解出来ていた。
「ところで、何の話をしていたのかしら?」
「とりとめのない話をしてただけだよ。ね?」
「はい……私がいない昨日、今日の学校での話や、達也さまや深雪様のお話をお聞きしておりました」
「私たちの話? ちょっと興味があるわね」
雫とほのかがどんな話をしていたのか気になった深雪は、水波にではなく二人に視線を向けた。
「雫やほのかは私たちの事をどんなふうに水波ちゃんに話したのかしら?」
「別に普通だと思うけど? 学校に復帰してすぐ、十三束君が達也さんに突っかかってきたり、水波が入院したという事で深雪の機嫌が悪かったりとか、そんな感じ」
「あの日は確かに深雪の機嫌が悪かったもんね。達也さんもまだ復帰してなかったから、深雪の機嫌を損ねたら大変な事になりそうだって、エリカが話してたし」
「エリカが? あの日はエリカとほとんど顔を合わせなかったと思うんだけど」
「遠巻きに見てたみたいよ? エリカってそういう気配に敏感だから、あの日は深雪に近づかなかったみたい」
「そんなに不機嫌なつもりは無かったんだけど、二人はどう思った?」
「表面上は何時も通りだったけど、確かに機嫌は悪かったと思うよ。達也さんが襲われて、その所為で水波が入院する事になっちゃったんだし、攻撃してきた相手にイラつくのは仕方がなかったと思う」
「でも、下手に刺激したらこっちに苛立ちが来そうだって思うくらい、気が立っていたのも事実だよね」
雫とほのかが頷きあうのを見て、深雪はそこまで機嫌が悪かったのかと今更ながらに反省し、二人に頭を下げた。
「ゴメンなさいね。あの日は理不尽な攻撃とか他の事に気が立っていたから、二人や他の人たちに迷惑を掛けちゃったみたいで」
「ううん、深雪の立場だったら仕方ないと思うよ。達也さんは自分でどうするかをちゃんと発表したのに、未だに邪魔してきたわけだし、まだそれは終わってないんだし」
「噂ではUSNAも達也さんの計画を邪魔したいから、まだ何か企んでるみたいだって」
「それ、何処で聞いたの?」
「この間お父さんからメールで。達也さんの計画を潰そうと外務省経由でUSNAが邪魔をしようとしてるみたいだって。そうしたら十三束君が深雪に喧嘩を売るし、あれで終わったとは思えないって言ってた」
「そう……やはりUSNAという国を世界地図から消し去るしかないのかしら……」
「深雪様、あまり感情的になられると無意識のうちに想子をまき散らしてしまいますよ」
「そうだったわね。ゴメンなさい、水波ちゃん」
「いえ、大丈夫です」
感情的になり体内の想子のコントロールが乱れれば、それだけ水波の回復に影響するので、深雪は素直に反省して水波に頭を下げる。頭を下げられた水波は、恐縮しきった表情で深雪の謝罪を受け容れ、すぐに頭を上げてもらうよう努めたのだった。
水波の心配をしてるのか、治療の妨げをしたいのか……