劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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深雪のではありません


新たなガーディアン

 達也と深雪に被害がないという推測に違和感があったのではなく、別荘に被害がないという報告に引っ掛かりを覚えたのだった。

 

「……衝撃波の焦点は達也さんの別荘だったんでしょう?」

 

「強力な魔法シールドが衝撃波を受け止めた模様です」

 

「……千穂さん、どう思います?」

 

 

 夕歌は新しく付けられたガーディアンの女性魔法師に尋ねた。

 

「水波さんが務めを果たしたのでしょう」

 

 

 夕歌の新たなガーディアン、桜崎千穂は迷う素振りもなく明確な答えを返した。彼女もまた、調整体「桜」シリーズの一人だ。桜井穂波、桜井水波とは異なる受精卵をルーツにした、いわば別の血統の第二世代。年齢は水波より八歳上で、魔法師にしては地味目な、一件「平凡な会社員」の外見を持っている。

 千穂の得意魔法も「桜」シリーズの調整方針に従ったもの。対物・耐熱防御シールドだ。個体と熱を防ぐのが最も得意だが、物理的な物体、エネルギーであれば凡用的に防御する。

 衝撃波を散乱させたものであれば達也の分解魔法、減衰させたのであれば深雪の振動減速系魔法によるものと考えられるが、魔法シールドで受け止めたのならば自分と同じ魔法を得意とする水波がやった事だ。千穂がそう推理するのは当然で、理論的だった。

 

「貴女にも可能かしら?」

 

 

 夕歌の質問は無遠慮なものだったが、千穂が気にした様子はない。

 

「恐らく可能です。ただ……」

 

「ただ、なに?」

 

 

 千穂が口籠ったのは、ほんのわずかな時間だけだった。

 

「ただ、その後も務めを果たせる自信はありません。あの威力を受け止めたなら、魔法演算領域のオーバーヒートで倒れてしまうでしょう」

 

 

 千穂の答えに夕歌の顔色が変わる。彼女は四葉一族の中でも過負荷による魔法演算領域の損傷に関しては特に詳しい。いわば専門家であり一種の医師だ。たとえ相手が他人の護衛役であっても、魔法演算領域に深刻なダメージを負っている可能性を示唆されれば見過ごす事は出来ない。

 

「五分で支度するわ。付き合って」

 

「お手伝いしましょうか?」

 

「結構よ」

 

 

 千穂は夕歌の状態を見て、五分で身支度を終えるのは難しいと判断したのだが、夕歌は余計なお世話とばかり断って、寝室へ戻っていった。主と違ってパンツスーツをきっちり着こんでいた千穂は、すぐに出られるようガレージへ向かった。

 地上のガレージは爆風で全壊していたが、あえて簡素な造りにしてあったのが逆に功を奏して、車が埋まってしまうという事態にはならなかった。外見は市販のSUV、実態は装甲車並みの防御力を備えたオフロード車に乗り込んで、夕歌は今更思い出したように結界の状態を確認した。

 

「えっ!?」

 

「如何されましたか?」

 

 

 思わず声を上げた夕歌に、モーターの始動スイッチを押してドライブレバーを前に倒そうとしていた千穂が、その動きを止めて理由を尋ねる。

 

「侵入者……?」

 

「結界に引っ掛からなかったのですか?」

 

 

 千穂の冷静な口調に、夕歌は動揺から抜け出した。

 

「そうね、恐るべき手練れだわ。水波さんも心配だけど、こちらを優先します」

 

 

 夕歌の判断に、千穂は異を唱えなかった。その代わり、ここにいる全員で当たるべきだと間接的に意見した。

 

「総員に緊急出動を掛けます」

 

「ええ、お願い。私たちは先に行くわよ」

 

「了解しました」

 

 

 夕歌は千穂の意図を理解していたが、そのアドバイスには従わなかった。千穂は、夕歌の命令に逆らわなかった。

 夕歌が指し示す方へ、オフロードを発進させる。結界内に侵入したのが何者であれ、味方が駆け付けるまでの間くらい自分の障壁魔法で持ちこたえられるという自信が千穂にはあるという事だろう。

 侵入者は、別荘を中心にして時計回りに九十度の位置にいた。

 

「陸軍の装甲車ですね」

 

 

 迷彩柄の鋭角なフォルムを見て、千穂がそう断定する。夕歌は千穂程、車の種類に詳しくなかったが、そんな彼女にも軍の特殊車両であることは一目瞭然だった。

 

「達也さんが所属している部隊の車かしら?」

 

「例えそうだとしても、ここは四葉家の私有地です。陸軍の車だろうと、不法侵入には変わりありません」

 

「そうよね。それに、達也さんに用があるなら、わざわざ結界を誤魔化すような事はせず、四葉家に話しを通してここに来るわよね」

 

 

 千穂の指摘に、夕歌はあの車が独立魔装大隊の関係車両だったとしても、味方ではないという考えに至る。

 

「外務省から命じられたのかしら? 達也さんが姿を晦ませないように見張れ、とか」

 

「外務省の命令に陸軍が素直に従うとは思えません。それに、このタイミングで国防軍が達也様の監視に付くのは不自然です。もしかしたら、先ほどの攻撃を予期しておきながら放置して、魔法の威力を観測していたのではないでしょうか」

 

 

 千穂の言葉に、沸点の低い夕歌は国防軍に対して不信感を募らせ、怒りを爆発させた。それでも、千穂に八つ当たりするという子供じみたことはしない。

 

「話をします。あれの前に付けて」

 

 

 夕歌の指示に従い、千穂は装甲車の進路を塞ぐポジションにオフロードを停めた。

 

「増援が来るまで待った方が良いと思います」

 

「……そうね」

 

 

 今度は千穂の助言を受け容れ、今にも飛び出しそうだった夕歌は大人しく車内に留まったのだった。




夕歌は相変わらず好戦的だな……

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