九校戦が終われば、各校ともピリピリした空気を維持する必要もなくなるので、この後夜祭のダンスパーティーは少なからず他校のカップルが誕生する場でもあるのだ。
「久しぶりだな、一条将輝」
「むっ、司波達也」
三高のプリンスも、その淡い期待を込めて深雪を誘いに来たのだが、深雪の隣には当然のように達也が居る。将輝が身構えるような格好をしたので、達也は内心呆れていた。
「耳はもう大丈夫か?」
「問題無いし、お前に心配してもらう事でも無い」
将輝がつっけんどんな態度を達也に取ると、何故だか深雪の機嫌が悪くなったと感じ、将輝は焦りだす。そして……
「司波!? もしかしてお前、彼女と兄妹か!?」
「……気が付かなかったのか? 愛梨たちは知ってるようだったが」
「愛梨? ……ああ、一色の。そんな事一言も言ってなかったぞ」
如何やら愛梨たちと将輝はそれほど親しい間柄では無いのだと、達也の中で位置づけられた。
「一条さんは私とお兄様が兄妹に見えなかったのですね」
笑いを堪えた表情がまた可愛らしい印象を持たせる深雪に問いかけに、将輝はフィールドで見せていた凛々しい表情では無く、歳相応の初々しい反応を見せた。クリムゾン・プリンスも一人の少年なんだなと、達也はポーカーフェイスの下でそんな事を考えていた。
「深雪、こんな所に突っ立て居ても邪魔だから、一条と踊ってきたら如何だ?」
「そうですね……」
視線で深雪に問われ、将輝は壊れた玩具のように何度も首を縦に振った。それが面白かったのか、深雪は更に表情を明るくしたのだった。
深雪をエスコートしていく途中で、将輝は達也に目礼をした。恐らく誘うタイミングを逃して諦めてたところに、自分がライバルだと誤解してた相手から助け舟が出たことを感謝してるのだろうと、周りにいた他の人にも分かるくらい浮かれている雰囲気だったのだ。
「現金なヤツだな」
「お客さま~? お客様も誘うお相手が居るのではありませんか~?」
「……何でそんな格好をしてるんだ?」
「最初からこういう約束だからね。それに、達也君に言った事は本当だからね」
エリカの視線の先には、ほのかがあっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返してかなり挙動不審だった。
「こういうのは男性から誘うものですよ。勢いさえあればお客様なら大丈夫だと思いますよ」
「……あっちで呼んでるぞ」
「え? あ、はい! すぐに参ります。それじゃあ達也君、頑張ってね!」
エリカに背中を押された訳では無いが、達也はさっきから視界の端で捉えていたほのかに近付いた。
「ほのか」
「は、はい!」
「踊らないか?」
「喜んで!」
達也も決して異性を誘うのに慣れている訳では無い。そこは将輝とあまり変わらない経験しか無いのだが、彼に恥ずかしがるという感情は存在しないためにスムーズに誘う事が出来るのだ。
一方で誘われたほのかは、さっきまでの緊張した表情から一変し、興奮で少し赤らんでるように達也には映っていた。
達也はほのか一人と踊ったら壁際に戻るつもりだったのだが、一度前に出てしまったら戻るのが難しくなるなんて本人は思って無かったのだろう。元々踊りそうに無い雰囲気の達也が、ほのかと踊る為にホールの中心に出てきたので、それ幸いと次々とお誘いがかかったのだ。
名を上げるとしたら雫、真由美、エイミィ、スバル、小春と言った一高選手ならびにエンジニアや、愛梨、沓子、栞、香蓮と言った三高のエリート集団、それに加えて各校のエンジニア女子たちからもお誘いがあり、誘われた人数だけで言えば将輝に負けてない数の誘いが達也にあったのだ。
断る事も出来ずに踊り終えた達也は、壁際にもたれかかり休憩していた。本当なら誘いたいと思ってる少女たちも、達也の疲れ果てた姿を見て躊躇いを感じていた(もちろんこれくらいで疲れるわけが無いので演技なのだが)。
そんな達也の目の前に、飲み物を差し出してきた相手が居たので、達也はお礼を言って受け取ろうとして相手を確認したら、かなり意外な人物がそこには居た。
「……十文字会頭」
「試合のようには行かないようだな」
「自分はこのような空間に慣れてませんので。会頭はやはりお疲れでは無い様子ですね」
「慣れてるからな」
克人が何の用事で此処に来たのか見当が付かない達也は、如何対処したものかと考えていたが、先に克人が動いた。
「司波、少し付き合え」
「分かりました」
通りかかったウエイトレスに空になったグラスを渡し、克人はホールから出て行く。達也も逆らう事無く克人の後に続いた。その背中をもの欲しそうにに見ている視線には気付かないフリをして……
ホールを抜けロビーから中庭に抜けたのを見て、達也は何か面倒な事を言われるのかもと身構える。
「司波、お前は十師族の一員だな?」
「いえ、俺は十師族ではありません」
克人の質問は嘘も韜晦も許さないような迫力があった。だが達也にはそんな事は関係無く、真実のみを端的に答えた。
十師族の血は引いているが、多くの人間にその一員として認められて無いうえに、自分も思って無いので克人のプレッシャーにも怯む事無く答える事が出来るのだ。
「そうか」
達也の答えに偽りがあるように思えなかったのか、克人が納得したように先ほどまでのプレッシャーを消した。
「ならば、師族会議において、十文字家代表補佐を務める魔法師として助言する。司波、お前は十師族になるべきだ」
克人の言葉を、達也は他人事のように聞いていた。元々四葉の血を引いてる達也からすれば、克人の言葉は家と戦えと言ってる様なものなのだ。
「そうだな……七草とかは如何だ?」
「如何だとは、結婚相手にという意味ですか?」
だが当然克人はその事を知らないので、別の話を進め行く。
「そうだが?」
「……俺は会長や会頭と違い一介の高校生ですので、結婚とかそういうのはまだ」
「そうなのか?」
「ええ。それに会長のお相手には会頭の名が上がっているのでは?」
「そうだな」
「会頭は会長の事、お嫌いですか?」
「いや、七草もあれで可愛らしい面があるとは思うが……もしかして司波は歳を気にするタイプなのか? なら七草の妹でも……」
話ながら達也は、克人は天然で自分の天敵だなと感じていた。十文字家の『ファランクス』同様に、この人は自分と相性が悪いと……
「兎に角、十師族の次期当主を真っ向から倒すというのは、お前が思ってるよりも重くのしかかってくるからな。覚悟しておくように」
それだけ言うと、克人はホテル内に戻って行った。
「それを貴方が言うんですか……」
いったい誰の所為で将輝と戦わなければいけなくなったのかと思いながら、達也は克人に聞こえないようにつぶやき、視線を別の場所に移した。
「如何かしたのか?」
「いえ、お兄様と十文字先輩が気になったので」
暗闇から現れた妹に、達也は困ったような笑みで答えた。
「そろそろ最後の曲ですね」
「そうなのか?」
「ええ。お兄様、最後は深雪と踊ってくれませんか?」
「いいとも。じゃあ急いで戻らないと」
「いえ、この場所からでも曲は聞こえます。それに戻ってる時間がもったいないです」
深雪の提案に達也は頷き、その場で深雪の手を取り踊りだす。誰も見て無い場所で、兄妹は曲が終わるまで踊り続けるのだった。
次回から再びIFルート、妄想が止まらない……