劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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企業家はちゃんと本質を見抜いてるというのに……


潮との面会

 北山家で行われた達也と雫の父親である北山潮との面会は、和やかな雰囲気の内に短時間で終わった。潮がESCAPES計画に手を貸す事は、東道青波の口添えにより確定していた。

 もっとも潮が達也に手を貸す事を約束したのは、東道に強制されたわけではない。魔法師に軍隊以外の職場を提供する事は、潮の望みにも適っているからだ。

 現段階ではまだ、具体的な建設費や運営費についての話は出来ないから、今日のところは記者会見で説明しなかった、より詳細な計画の中身を達也が潮にプレゼンして終了した。

 

「面白い話が聞けた。有意義な時間だったよ」

 

 

 潮は上機嫌で達也と深雪を応接室の出口まで送り出した。

 

「水素の製造だけでなく、リチウムやコバルト、ウランの抽出も恒星炉の電力があれば採算に乗りそうだ。グループ内に海水中資源の捕集を研究している会社があるから、いろいろ検討させてみることにするよ」

 

「よろしくお願いします」

 

 

 魔法工学に関する知識、見識は一流でも、達也の工業知識は所詮高校生の域を出ない。採算に乗る形で資源を取り出すノウハウは、達也が最も求めていたものだ。潮から全面協力の確約を得られたのは、達也にとって大きな前進だった。

 

「小父様、雫にも今の話を説明しておいた方が良いと思うのですが、今雫はどちらに?」

 

「そうだね。おい、雫は何処に行った?」

 

 

 娘の友人が一緒に助けを求めてきたというのも、潮の態度を大いに軟化させた。深雪は達也の期待通り、役に立っていた。

 

「旦那様。雫お嬢様は、お客様のお相手をされています」

 

「客……そういえば、そうだったな」

 

「お取込み中だったのですね。それではまた、機会を改めて」

 

「ああ、いや」

 

 

 来客と聞いて深雪は遠慮しようとしたが、潮がそれを押しとどめた。

 

「その客というのは、雫が留学中に知り合った男子生徒でね……昨日いきなり会いたいと言ってきたらしいんだ。非常識な話なので断らせたかったんだが、すぐに帰国する予定だというから無下にも出来なくてね。司波君とも縁がない相手ではないし、様子を見てきてくれないだろうか」

 

「達也様に縁がある相手ですか?」

 

 

 潮の言葉を聞いて、深雪が首を傾げる。達也は雫に来た客が誰なのかを知っているし、潮も達也が知っている事を知っているので、この会話自体茶番なのだが、深雪は本気で分からない様子だった。

 

「その少年は、レイモンド・クラークという名前なんだ」

 

 

 大企業グループ総帥の情報網を以て「クラーク」のファミリーネームの意味が分からないはずがない。潮の意図が、深雪は漸く理解出来た。

 

「分かりました、小父様。同席させていただきます」

 

「そうか。君、娘の部屋に案内を」

 

 

 お辞儀をしながらそう応えた深雪を見て、潮がすかさず使用人に命じる。まるで台本が用意されていたようだと、深雪はそんなことを思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雫は自分の部屋ではなく、ティールームでレイモンドの相手をしていた。ティールームのドアは、開け放たれていた。側に使用人がいても、同年代の男性と締め切った部屋の中で過ごすのは潮が許さなかったのだろう。もしかしたら、雫の母親の言い付けかもしれないが。

 

「雫、お邪魔するわよ」

 

「あっ、深雪……達也さん。父との話は終わったの?」

 

 

 廊下から深雪が声をかけると、雫がすぐに目を向けた。ホッとしているように見えるのは気のせいではないようだった。

 

「レイモンド・クラーク。邪魔するぞ」

 

「司波達也……うん、どうぞどうぞ」

 

 

 深雪と達也の乱入に呆然としていたレイモンドだが、達也が声をかけるとすぐに、笑顔でそう応えた。レイモンドの返答に雫がムッとした視線を向けたのは「ここはお前の家じゃない」という気持ちが強く出た結果だろう。

 しかしレイモンドは幸い雫のその視線には気づかなかった。彼の意識が達也へ向いていたからだ。

 

「昨日はゆっくり話を出来なかったからね。ちょうどよかった」

 

「俺に話があったのか?」

 

 

 雫を口説いていたんじゃないのか? と達也は訝しく思ったが、彼もレイモンドが何を言いだすのか興味があったので、そのまま正面へ腰を下ろす。なおそれまでレイモンドの正面に座っていた雫は、達也がレイモンドに答えるより先に、腰を浮かせてテーブルの横の席に――達也の隣に移動した。深雪は一瞬ムッとしたが、雫の意図を理解して雫の隣に腰掛けた。

 

「君の考えを聞きたかったんだ」

 

 

 レイモンドは深雪に見向きもせず、達也の問いかけに答えた。

 

「ねえ、達也」

 

 

 レイモンドは馴れ馴れしく、達也の事をそう呼んだ。まぁ「ザ・デストロイ」等と聞いているだけで恥ずかしくなる名称を使われるよりマシなので、達也はそれについて何も言わなかった。

 

「あの恒星炉エネルギープラント計画……えっと、もっと呼びやすい名称はない?」

 

「調べたら分かるんじゃないか?」

 

 

 フリズスキャルヴで調べれば良いだろうと、レイモンドの質問を達也が皮肉る。

 

「調べて分かるんだったら、記者会見なんて開かせなかったよ」

 

 

 不貞腐れた表情でレイモンドが目を逸らした。男が拗ねている顔を見ても楽しくはなかったので、達也はあっさり「ESCAPES計画だ」と答えた。

 

「ESCAPES計画ね。意味は……まぁ、いいや」

 

 

 レイモンドが問うのを止めたので、深雪と雫は意外そうな表情を浮かべたのだった。




噛ませ犬程度に達也が負けるわけがない

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