劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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実に憐れだ


報われない想い

 その後もエドワードと達也の間では散々押し問答が繰り返されたが、結局エドワードは達也を言い負かす事が出来なかった。

 

「これ以上は時間の無駄ですので、自分たちはこれで失礼します」

 

 

 挙句にこういわれては、さすがのエドワードもこれ以上達也を縛り付ける事は出来なかった。初めから達也にこの面会に応じ無ければいけない理由は無く、むしろ前日にいきなり時間を割けと言われ、遅刻もせずやってきたのだからこれくらいの嫌味は当然かもしれない。

 

「……貴重な時間を頂き、ありがとうございました」

 

「いえ、ご理解いただき幸いです。雫、行こうか」

 

「はい、達也さん」

 

 

 レイモンドに見せつけるように、雫は達也の腕に自分の腕を絡ませて応接室から出ていく。それを見送ってから、クラーク父子は同時にため息を吐いた。

 

「とりあえずホテルに戻るか」

 

「そうだね」

 

 

 さすがに魔法協会の職員の前で愚痴を零すわけにはいかないので、父子は屋上のヘリポートから大使館に戻り、大使館が手配したホテルへと向かった。

 達也を頷かせられない事は、エドワードにも分かっていたが、達也に不利な言質を一切取れなかったのは、彼にとっても誤算だったのだ。

 

「一筋縄ではいかないと思っていたが……予想以上に手ごわい」

 

「ダッド、それでどうするの」

 

 

 二人がいる部屋の両脇の部屋には、ボディガードが詰めている。政府関連機関の職員にしては、異例のVIP待遇と言える。エドワード・クラークが単なる技術者でない証拠だ。

 盗聴の心配もないので、エドワードは息子相手に本音を取り繕おうとはしなかった。

 

「穏便な手段では、目的を果たせないかもしれない」

 

「暗殺は最後の手段だと思うけど」

 

「しかし、ディオーネー計画を使ってあの男を無力化出来ないのであれば、それも考慮に入れるべきだろう」

 

 

 エドワードにとって、ディオーネー計画の目的は金星開発ではなかった。結果的に金星をテラフォーミング出来ればそれに越した事はないが、真の目的はあくまでも司波達也の無力化。戦略級魔法マテリアル・バーストの無力化にある。その真の目的を達也に見抜かれているとは気付いていないようで、クラーク父子は未だに達也をディオーネー計画に参加させようと躍起になっているのだ。

 

「だが暗殺は、お前が言うように最後の手段だ。明日はテレビ局の取材を受ける事になっている。そこで日本の世論を煽ってみよう」

 

「その結果を見て、次の手を考えるんだね」

 

「そうだよ、レイモンド」

 

「ダッド?」

 

 

 頷いた後、エドワードが顔を顰めたのを見てレイモンドが心配そうに声をかける。エドワードは新ソ連、具体的にはベゾブラゾフの出方を懸念しているようだった。

 

「もしかしたら、新ソ連は世論工作を待たず強硬策に出るかもしれない。強硬手段を使って中途半端な結果に終わるような事があれば、司波達也に逆襲の材料を与えないとも限らない。もうしばらく、自重して欲しいところなんだが……」

 

「フリズスキャルヴで探ってみようか?」

 

 

 レイモンドの提案に、エドワードは首を横に振った。

 

「新ソ連はエシュロンⅢに対抗するための逆探知システムを構築したという噂がある。フリズスキャルヴが尻尾を掴まれることは無いと思うが……ベゾブラゾフとの協力関係を壊すリスクを冒すべきではない」

 

「分かったよ、ダッド」

 

 

 レイモンドはつまらなそうに、それでもエドワードの反対を受け容れた。

 

「じゃあボクは、明日、自由にして良い?」

 

「あまり遠くに行かなければ。そうだね、念の為に、何をするつもりか聞かせてくれるかい?」

 

「ティアに、会いに行こうと思うんだ」

 

「ティア? あぁ、さっき司波達也と一緒にいた北山家のご令嬢か」

 

 

 エドワードが少し黙り込んだのは、USNAでも有名なホクサングループのオーナー一族と縁を深めるメリット、デメリットを頭の中で計算していたのだろう。もしレイモンドがホクサングループのオーナーの機嫌を損ねるような事があればどのような事態になるのかを考えたのだろうが、息子がそこまで愚かな真似をするとも思えなかったのか、彼はその事を許可した。

 

「……いいんじゃないか? 行っておいで」

 

「うん、分かった」

 

 

 レイモンドはうきうきした足取りで、ベッドルームに向かった。恐らくは雫に電話を掛けに行ったのだ。

 

「四葉家が発表した婚約者の中に北山家のご令嬢の名前もあったが、まだ正式に婚姻関係にあるわけではないのだから、可能性が無いわけではない。親のひいき目かもしれないが、レイモンドは明るく利発な子だから、もしかしたホクサングループのオーナーと親戚関係になれるかもしれない」

 

 

 エドワードはそんなことを考えながら、微笑まし気に息子の背中を見送った。その考えが雫の――もっと言えばホクサングループを敵に回すなんてことは思いもせずに。

 

「それにしても司波達也……『あの』四葉家の次期当主なだけあって、国を敵に回すかもしれないという事に一切不安を感じていない様子だったな……」

 

 

 ただの高校生ではない事は分かっていたし、面会して参加させられるなら苦労しないと分かっていたのだが、今日の結果にはもう一度ため息を吐かずにはいられなかったエドワードは、世論工作もあまり意味は無さそうだと疲れ切った表情でうなだれたのだった。




どう見たって勝ち目なんて無いだろ

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