騒がしい夕食もお開きになり、全員が寝静まったのを確認して、達也は風呂に向かった。別に誰が起きていようと関係ないのだが、今日あたりは誰かが突撃してくる可能性が低くなかったので、念には念を入れてこのような行動を取ったのだ。誰か一人と一緒に入ったと他の婚約者に知られれば、自分も一緒に入りたいという流れになり面倒な事この上ない展開になるのは火を見るよりも明らかだ。
こうした懸念を潰す為には仕方ない事だと諦め、達也はこんな時間まで部屋で大人しくしていたのだが、どうやら彼の考えを見越して行動を起こした人物がいたようだと、達也は浴室に近づいてくる存在を感知し、思わずため息を吐いたのだった。
「達也君、ちょっといいかしら?」
「駄目と言っても入ってくるんでしょう? どうぞ」
脱衣所と浴室を隔てる扉の鍵を開け、達也は響子を招き入れた。
「まさか響子さんが行動を起こすとは思いませんでした。やっても七草先輩辺りだろうと思っていたのですが」
「ごめんなさいね。食事の際に話せればよかったんだけど、千葉さんや黒羽さんが達也君の周りをキープしてたから」
「それで、何か用があってこんなことをしたんですよね?」
「純粋に達也君と一緒にいたかったというのもあるけど、人に聞かせられない話だからってのももちろんあるわよ。だからそんなに怖い顔しないでくれる? 慣れているとはいえあまり気分が良いものではないから」
達也としては怖い顔をしているつもりは無かったのだが、知らずの内に響子の事を睨みつけていたようだと反省し、頭を振ってから表情を改めた。
「それで、何の問題が発生したんですか?」
「まずは報告だけど、達也君たちが潰した情報部の連中だけど、しばらくは大人しくしてるみたいよ。さすがに高校生に負けたとなれば、大人しくせざるを得ないみたい」
「大半はほのかの幻惑魔法で眠らされたんでしたっけ? 裏世界で生きてきたと自負してる連中にとって、かなり衝撃的だったんですね」
「光井さん、見た目は大人しそうな女の子だもんね」
人の悪い笑みを浮かべる響子に、達也もつられるようにして笑みを零した。
「それから、達也君の記者会見に対する独立魔装大隊の動きだけど、これまで通り静観する事になりそうよ」
「そうですか」
「達也君からすれば、それだけで十分って感じかしら?」
「さすがに独立魔装大隊を相手にするのは面倒ですからね。何せ手の内を知られているわけですし」
それでも「面倒」で済むのが達也の凄さなのだが、響子は最初から大隊が敵に回っても達也が動揺するわけないと思っていたので驚きはしなかった。
「それからこれはまだ確定じゃないんだけど……」
今まで淡々と話していた響子が言いにくそうにしたのを受けて、達也は再び表情を厳しいものへと変えた。さすがに今回は仕方ないと、響子も達也の表情に対するツッコミは入れなかった。
「光宣君が、何やらおかしな動きを見せているらしいの」
「光宣が? おかしな動きと言うのは?」
「急に意識を失ったかと思えば、いきなり笑い出したりとか……何時もの発作とは違うってだけなんだけど、なんだか嫌な予感がしてならないのよね」
「分かりました、頭の片隅に留めておきます」
「ありがとう」
達也が片隅にでも留めておいてくれれば、何があっても大丈夫だろうと響子は安堵の表情を浮かべる。
「ところで、話は終わったのですよね? 響子さんは何時までここに留まるつもりですか?」
「ついでだし背中を流してあげるわよ。それくらいなら問題ないでしょ?」
「それを問題ないと言い切るのは響子さんに対して失礼だとは思いますが、俺個人としては別段問題にする必要は無いと思います」
「私は軍人だから、裸を見られたくらいで悲鳴を上げたりしないから平気よ」
「自分から入って来て悲鳴も何も無いと思いますが……」
言うまでもなく、今の二人の格好は全裸だ。脱衣所なら達也も腰にタオルを巻いたりしていただろうが、一人で入浴しているのにタオルを巻いたりはしていない。響子の方も隠す意思が無かったので全て達也に見られているのだが、それくらいで恥ずかしがったりはしなかった。別の彼女が痴女というわけではなく、それくらいの覚悟はいつもしているという事である。
「これが真由美さんだったらあさましいとか思うのかしら?」
「あの人は自分で突撃してきても俺の所為にしそうですけどね」
「前にあったんじゃないの? 真由美さんが酔いつぶれて達也君に介抱してもらった事が」
「酔っぱらいのしたことですから、こちらに責任があるとは思えないんですけどね……翌日恥ずかしそうにしてた先輩を前に、自分は悪くないとは言えませんよ」
「別に下着を見られたくらいで恥ずかしがるなんて、真由美さんはやっぱり大人ぶってるだけね」
「大人ぶってるって、あの人はまだ十代でしたから」
「でも何かにつけて年上ぶってたでしょ? 年上なのには違いないけど、精神面では達也君の方がずっと大人なんだから、無理に背伸びする必要は無いと思ったけど」
「年齢ではなく経験ですからね、その辺りは」
達也が疲れ切った表情で答えたので、響子はクスクスと笑いながら彼の背中を流したのだった。
情報部はまだ何かしでかしそう……