劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也にとっては好都合


校長への説明

 達也はそのまま、第一高校に向かった。元々FLT本社から直行するつもりだったのだ。寄り道をしたわけではないが、余計な時間を使ったというのが達也の実感だった。上着以外はFLTの更衣室で制服に着替えてあった。ビジネスジャケットを車に積んでおいた制服のロングブレザーに替えて一高生の姿になった達也は、教室ではなく事務室に向かった。

 校長に会いたい旨を、窓口の職員に伝える。時刻は正午前、もうすぐ昼休み。こんな時間に登校した生徒がいきなり校長に面会を求めても、普通なら説教付きで追い返されるところだが、さすがに一高の職員は達也の事情を知っていた。現下の状況では、知らない方がおかしいくらいだ。偶々校長の予定が空いていたのか、それとも彼の来訪を聞いて空けたのか。達也はすぐに、校長室に通された。

 

「突然の事にも拘わらず、お時間を割いていただき、ありがとうございます」

 

 

 まずは神妙に、達也は謝辞を述べたが、それに大して百山校長は、いきなり自分から話題を振ってきた。

 

「中継を見させてもらった。君がディオーネー計画への参加を拒んでいたのは、今日の話が念頭にあったからか?」

 

 

 しかし百山の方からそう尋ねてくれれば、達也はむしろ話をしやすい。

 

「そうです」

 

「魔法恒星炉エネルギープラント計画……もっと短い通称のようなものはないのかね?」

 

「プラントの立地計画を加味して『恒星炉による太平洋沿岸地域の海中資源抽出及び海中有害物質の除去計画』、非公式には『Extract both useful and harmful Substances from the Coastal Area of the Pacific using Electricity generated by Stellar-generator』を略してESCAPES計画と呼んでいます」

 

 

 百山はその名称に、魔法師が軍事から逃走(エスケープ)するという意味が含まれている事に、すぐ気づいた。

 

「はい。ですから記者会見では、魔法恒星炉エネルギープラント計画と発表しました」

 

「うむ……それで、君の計画には、どの程度の実現性があるのだ?」

 

 

 デスクの奥から立ったままの達也にをじろりと見上げて、大抵の生徒ならば震えあがるような声で百山が尋ねる。もちろん、その程度で達也が震えあがる事は無いので、彼は淡々とした口調で答えた。

 

「既に実現に向けて動き出しています。ディオーネー計画からエスケープする為のハッタリではありません」

 

 

 まさに百山は、ディオーネー計画への参加を断る為の口実ではないかと疑っていたのだ。

 

「――信じよう」

 

 

 わざわざ「信じる」と口にしている事自体、心から信じているのではない証拠だが、とにかく百山は達也にそう言質を与えた。

 

「ありがとうございます。今回、直接にではありませんがディオーネー計画への不参加を表明したことで、授業免除の条件は――」

 

「授業免除は変わらない」

 

 

 達也のセリフを百山が遮った。

 

「君の卒業資格は私が保証する。魔法大学への推薦もだ。だから君は、ESCAPES計画の推進に注力したまえ」

 

「……よろしいのですか」

 

 

 百山の言葉に、達也は訝しさを禁じ得なかった。元々達也に与えられた授業免除は、USNAの圧力を受けて、達也をディオーネー計画に参加させる為のものだった。それを拒否した今、百山に達也を特別扱いする必要は無くなったはずだ。

 

「私はディオーネー計画を、魔法師に名誉ある生き方を与える、意義深いものだと考えている。だから君にも、その参加を勧めた」

 

 

 百山は言外に、USNAから圧力を受けただけなら達也を特別扱いしなかったと主張している。それが果たして本当の事なのか、それとも政治的圧力に屈した恥辱を誤魔化す為のものなのか、達也には分からない。ただ一つだけ分かったのは、百山は未だにディオーネー計画の裏に隠された真相に気付いていないという事だけだった。

 

「そして今回、君が発表したESCAPES計画も、魔法師に平和的な生き方を提示する意義深いものだと感じた。その社会的な意味はディオーネー計画に劣るものではないと評価している。故に、君の処遇を変える必要は認められない」

 

「――ありがとうございます」

 

 

 ここまで聞いてもやはり、百山の本音は分からなかったが、達也は表向きの評価に対して、とりあえず礼を述べる事にした。

 

「頑張りたまえ」

 

 

 百山の激励に再度一礼して、達也は校長室を後にしようとしたが、百山に背を向けて歩き出したところで、背後から百山に声をかけられた。

 

「この後はどうするつもりだね?」

 

「伊豆に戻るつもりでしたが、友人たちに顔を見せてからにしようかと思っています」

 

「そうか。君はこの第一高校の生徒なのだから、施設は自由に使ってもらって構わない。もし必要なら、魔法大学から資料を取り寄せる事も出来る」

 

「ありがとうございます。もし必要になった場合は、お願いすると思います」

 

 

 そもそも百山を介さなくても、魔法大学から資料を取り寄せることは難しくない。FLTの研究員であることを発表したからではなく、真由美や鈴音に調べて持ってきてもらう事が出来るのだ。達也はあえてその事を指摘することなく、今度こそ校長室を辞したのだった。




とりあえず、授業に参加する必要は無いまま

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