劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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一撃で終了……


テロリスト撃退

 達也の視線に曝されて、記者は逆上するのではなく、戦いた。記者は達也に、不気味な、別種の生物を見るような目を向けた。もし、とりあえず無害で人間によく似た、けれども明らかに人間とは異なるエイリアンに遭遇したなら、人はこんな目付きをするに違いない。

 

「一高の生徒から取材に関してクレームがあった報道機関の方は、トーラス・シルバーの記者会見をご遠慮いただく結果になります。FLTはそうお報せしたはずです」

 

 

 報道陣に動揺の波が広がる。どうやらここにいる記者の半分は、今達也が告げたことを聞いていなかったようだ。

 

「たった四日です。その程度待たせても、報道の自由を侵害したことにはならないと思いますが」

 

 

 記者は達也の言葉に納得したわけではなかった。反論に詰まったわけでもなかった。記者の叫びは、より大きな破裂音によって未発に終わった。

 破裂音は、銃声。報道陣に混じっていた女性レポーターが、黄色い悲鳴を上げる。達也に食ってかかっていた記者が尻餅をついた。もし達也が銃弾を躱していたら、自分が撃たれている事に気が付いて腰を抜かしたのだった。達也は記者に背を向けている。彼はコマ落とし映像のように、瞬時に振り返って銃弾を掴み取っていた。胸の前で握り締めていた左手を達也が開く。そこから、拳銃の弾がぽろりと落ちた。

 達也のすぐ横にいたリポーターが目をむいて絶句する。その斜め後ろにいた記者は、達也が素手ではなく両手に黒い手袋をはめている事に気が付いたが、それで驚きが無くなるわけではなかった。たとえ高性能の防弾手袋をはめていたとしても、それだけで銃弾を掴めるものではない。

 記者とリポーターとカメラマンが形作っていた人垣が割れる。狼狽の叫びをあげ、彼らの中に紛れていた暴漢が持つ拳銃の射線から逃れようと、押し合いへし合いしている。足をもつらせて転び、同輩やライバルに蹴られたり踏まれたりしている報道マンの姿も見られた。

 暴漢は報道関係者に目もくれていない。血走った目は、ただ達也を睨みつけている。拳銃を固く握りしめ、達也へ向けている。銃声が連続する。達也は飛来する銃弾の悉くを掴みとめた。そこには言うまでもなく、絡繰りがある。

 達也は分解魔法を使って、銃弾そのものではなく前に進む銃弾の運動量を全方位に分解した。ところで、力をいくら分解しようと、作用点に掛かるのはその合力だ。銃弾を受け止める手に負うダメージが減るわけではない――物理的には。だがそもそも、飛んでいる銃弾の運動量を外部から力を加える事無く分解するなどと言う「現象」が物理的ではない。銃弾が持つ運動量を分散しているという「情報」が、作用点だけでなく何も作用する相手が無い空間にも力を伝えるのだ。その結果、銃弾は殆ど停止した状態で達也の掌に受け止められていた。

 しかしそれは、魔法師にしか実感出来ない理だ。物理的にあり得ない、それ以前に人間に出来るはずのない「銃弾をつかみ取る」という真似を目にして、報道陣に紛れていた反魔法主義テロリストはパニックを起こした。スライドが後退したまま戻らなくなっているにも拘わらず、達也に銃口を向けたまま何度も引き金を引く。

 明らかに判断力を失った隙だらけの状態だが、達也はテロリストを取り押さえようとはしなかった。まるで、自分が襲われているのを記者やレポーターに見せつけるように。

 達也の目は無意味に引き金を引く道化に向けられていたが、彼の意識は共犯者に対する警戒に割かれていた。だが何時まで待っても仲間が出てくる気配はない。どうやら単独犯だったようだと達也は判断し、テロリストに向かって一歩踏み出した。

 その男は、奇妙な叫び声を上げた。恐らく悲鳴なのだろうが、男の事が見えていなければ野犬の遠吠えと勘違いしたかもしれない――いや「負け犬の遠吠え」か。

 達也が普通に歩くペースで二歩目を踏み出す。男は弾が切れた拳銃を達也へ投げつけた。その拳銃は達也が躱すまでもなく、彼の顔の横を通り過ぎた。

 テロリストはさっきより幾分人間的な叫び声を上げながら、ポケットに右手を突っ込み、短いナイフを取り出した。握り込んだ拳の前に刃が突き出す、プッシュダガーと呼ばれるタイプのナイフだ。言うまでもなく持ち歩くのは違法だが、拳銃で武装していた事を考えれば今更だろう。刃渡りが短いと言っても、十分人を殺し得る武器だ。だが達也はその刃をまるきり無視する恰好で、三歩目を踏み出した。お互いにあと一歩踏み出せば手が届く間合いに入る。

 最後の一歩を詰めたのは、テロリストの男だった。プッシュダガーを達也の腹目掛けて突き込む。顔を狙わなかったた事に意外感を覚えながら、左手で男の右手首を掴み、いったん右にいなしてから左に返した。男は簡単に体勢を崩し、ひっくり返った。

 達也が男を倒したところで、一高に雇われている警備員が詰め所から漸く姿を見せた。門扉をわずかに開けて、その隙間をすり抜ける。そこから校内に侵入しようとする非常識な報道マンは、さすがにいなかった。




警備員、働け……

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