劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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誓約については、既に半分以上解呪してたので変更です


葉山の考え

 真夜個人としては、達也に本家に泊まってほしかったのだが、達也の予定も詰まっているのと、使用人の中に僅かではあるが、達也への態度を改めない人間がいるので、達也の居心地を考えて引き止めなかったのだ。大晦日以来、達也に対する使用人たちの態度は大きく変わっているが、本家で暮らしたことが無い為、達也との距離感に戸惑っているのが現状だ。

 

「……達也さん本人は、そんなことなんて全く気にしてないでしょうけども」

 

 

 彼女のプライベートスペースである書斎で、真夜は無意識に思考の一部を声に出して漏らした。彼女の独り言は、すぐ傍にいる葉山にも聞こえていたはずだが、葉山は真夜の呟きに関して何もコメントせず、紅茶のカップをテーブルに置いた。

 

「葉山さん……」

 

「はい、奥様」

 

 

 真夜の声音は独り言とさほど変わらぬものだったが、葉山は慌てる事も戸惑うことも無く彼を呼ぶ声に応えた。

 

「達也さんのお話し……どう思いました?」

 

「達也様のお話しと言われますと、十文字殿の件でございましょうか。それとも記者会見の件でございましょうか」

 

「どちらもですけど……そうね、まず十文字殿の件について、葉山さんの意見を聞かせてください」

 

「然様でございますな……私めが愚考しますに、達也様の判断に間違いはなかったと思われます」

 

「十文字殿を生かしておいても問題無いと?」

 

 

 真夜は意外感を隠せぬ声で、葉山に改めて尋ねる。彼女個人の感情としては、息子である達也に歯向かった時点で、十師族だとかそういった事は関係なく、消し去って当然だと思っていたのだ。

 

「達也様が仰られていたように、今は国内で無用な争いをしている場合ではないのでしょう。USNAや新ソ連といった邪魔者に集中する為にも、十文字殿を生かして魔法協会に戻し、十文字殿が負けた事を報せればある程度の抑止力になります。その間に達也様の計画を発表してしまえば、魔法協会もそう簡単に次の手を打てなくなります。それは他の十師族当主であっても同様でしょう。まして現在の十師族当主の中でも、十文字殿の実力は上位ですからな。彼で勝てないのであれば、実力行使は無意味だと知らしめる事も出来ましょう」

 

「なるほど、そういう考え方も出来るのね……」

 

 

 真夜は葉山の考えを自分の中で反芻して、納得したように一つ頷いた。

 

「戦いを見る限り、深雪さんの方の誓約も解除されていたらしいけど、その点はどう思いますか? 達也さんに対する制御が、完全に無くなってしまったと黒羽さんが騒いでいるのだけど」

 

「今の達也様が魔法を暴走させる恐れがあると、黒羽様は本気でお考えなのでしょうか? 魔法を制御する達也様の技量は、この四葉でも一、二を争うもの。恐らくは世界でも最高水準と申せますでしょう」

 

「……そうね。少なくとも、私より上でしょう」

 

「深雪様の御身に万が一の事でもない限り、達也様が魔法を暴走させることなどありえないと思われます」

 

「そして深雪さんに万が一の事があれば、誓約でも暴走を抑えられない……葉山さんはそう言いたいのね」

 

「御意。故に四葉家は、何に代えても深雪様の御身をお守りしなければならないと考えます。私が申し上げるのも僭越ではございますが」

 

「良いわ。事実ですもの。大きすぎる力というのは、本当に厄介なものね。利用してるつもりでも、結局はこちらが振り回されてしまう。隔離しても、いずれ無視できなくなる」

 

 

 真夜はティーカップに手を伸ばし、それを途中で引っ込めて大きくため息を吐いた。

 

「実在の脅威を無かったことには出来ません。妥協するか、葬り去るか、それともこちらが屈服するか。脅威の元となる力を取り上げぬ限り、相手を屈服させても一時的なものにしかなりません」

 

「葉山さんの言う通りね。相手が持つ力を取り上げない限り、屈服させても解決にはならない。その力が相手の存在と不可分のものである場合は、葬り去るしかない」

 

「妥協出来ないのであれば、ですな」

 

「一般論としてなら、妥協による問題の先送りは選択肢の一つなのだけど……このケースでは難しいでしょうね。あの魔法の脅威に曝されているのは世界中の国家なのだから」

 

「達也様の暗殺を目論む輩が出てくるとお考えなのですか?」

 

 

 葉山がそう尋ねながら、冷めてしまったティーカップの中身を取り替えた。

 

「実行段階に入っている勢力もあると思うわ」

 

 

 今度はティーカップを手に取って、唇を当てる寸前に真夜はそう答えた。

 

「それは一大事でございますな」

 

 

 真夜が横目で葉山の表情を窺うと、真夜の予想に反して葉山は笑みを浮かべていなかった。それを見た真夜は、何故か反論しなければならない気分になった。

 

「達也さんを暗殺なんて、出来るわけないでしょう」

 

「私もそう思います。達也様は事実上、不死身です。ですが深雪様は違います」

 

「……深雪さんが達也さん暗殺の巻き添えになると?」

 

「四葉家が最も警戒すべきリスクかと存じます」

 

 

 葉山の指摘に、真夜が黙り込んだ。深雪の身は、他ならぬ達也が守っている。今は場所的に離れているが、そんな事は達也にとって妨げにならない。達也の守護は、距離を超えて作用する。達也が守っているのだから深雪の身は安全だと、自分が安心しきっていた事に、真夜は改めて気づかされたのだった。




葉山も十分黒い事を平然と言ってのけるからなぁ……

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