達也の視線に耐えられなくなったのか、あるいはそろそろ頃合いと思ったのか、真夜が達也に声をかける。
「さて……そろそろ本題に入りましょうか」
達也はまだ食べ終わっていなかったが、いったん箸を置いた。
「FLT本社で記者会見に応じる許可を、頂戴したく存じます」
「貴方が矢面に立つというの?」
真夜が目を見張る。
「はい」
「記者を相手に、何を話すつもりなのかしら」
真夜が達也へ、探るような眼差しを向ける。
「恒星炉を使った海水資源化プラントの開発計画を発表するつもりです」
「恒星炉というと、貴方が開発を進めていた常駐型重力魔法式熱核融合炉ね? どんなプランなのかしら」
「Extract both useful and harmful Substances from the Coastal Area of the Pacific using Electricity generated by Stellar-generator の頭文字を取って『ESCAPES計画』と名付けました」
ここで達也は初めて真夜に、彼が本当に目指しているプランを打ち明けた。
「……中々面白いわね。達也さんはそのESCAPES計画で、魔法師の独立国家建設を目指すつもりなの?」
「国家からの分離独立は意図していません。魔法師だけで衣食住全てを賄うのは、能力面から考えて非現実的です」
「自治権も要求しないのかしら」
「政府を無用に刺激しても、デメリットしか無いと考えます」
「随分と子供らしくない考え方ね」
真夜はおかしそうに目を細め、片手で口を隠した。声を出さずに笑われているのだが、真夜の表情に達也は嫌な印象を持たなかった。
「建前として保証されている魔法師の権利が本当に守られるようになれば十分です」
「その履行を政府から勝ち取る。それが達也さんの目的なのね」
「はい。その為の手段として、実質的な自治権を手に入れる可能性は否定しませんが」
遂に堪えきれなくなったのか、真夜が楽しそうに声を上げて笑った。
「……そうね。制度としての自治権は、一般市民の皆さんが反発するに違いありませんものね」
真夜は笑いを収めて、達也の目を真っ直ぐ覗き込んだ。
「達也さんのプランは分かりました。成算は十分にあると私は判断します」
私は、をわざとらしく強調した真夜の真意を、達也は誤解しなかった。
「母上のお考えだけでは、許可出来ないという事ですか?」
「ええ、その通りよ。でも、分家の皆様の許可が必要という意味ではないわ」
達也が真夜の目を無言で見返し、言葉の続きを待つ。
「我が四葉家には特に親しくしていただいているスポンサーがいらっしゃいます」
「東道閣下ですね。お名前だけは存じ上げています」
「あらっ、そうなの」
真夜は意外そうに声を上げ、すぐに満足げな笑顔で頷いた。
「だったら話が早いわ」
真夜が煎茶で喉を湿らせる。彼女が自分の正面から外してテーブルに置いた湯呑を、葉山が新しい物に取り替えた。
「達也さんが今の話を自分で東道閣下に説明して、閣下のお許しを得る事が条件よ。閣下のご都合は私の方で伺ってあげる」
「分かりました。お手数をお掛けします」
達也は何の恐れ気も見せず、了解の言葉と共に一礼した。
「とはいえFLTにも準備があるでしょうから、仮の予定を決めておきましょう。四日後の金曜日、朝十時からでどうかしら」
「自分は差し支えありません」
今回の騒動で、高校生としても企業の研究者としても特務士官としても予定表が空白になっている達也は、真夜の質問に即答した。
「閣下のご都合がつかなければ記者会見は延期。閣下のご了解が得られない場合は中止になるけど」
「やむを得ないと理解しています」
「そう」
達也の従順な態度に、真夜は笑顔で頷いた。
「本当は私個人の判断で許可出来ればよかったのだけど、閣下との関係を清算するのは得策ではないもの」
「それも重々理解しています」
「達也さんの代になれば、東道閣下や他のスポンサーとの関係も断ち切れるでしょうから、そう言ったしがらみの事で達也さんが頭を悩ませる必要は――って、最初から気にしてなさそうね」
達也が当主になれば、わざわざスポンサーに頼らなくても金策に困ることは無いだろうし、そもそも達也がそのような人間関係に頭を悩ませるわけがないと思い至った真夜は、途中で言葉を変え、楽しそうに笑った。
「兎に角、私個人としては、達也さんの計画が成功して欲しいと願っています」
「これが駄目でも、他の方法で幾らでもディオーネー計画から逃れる事は可能です。ですが、これが最も手っ取り早く、かつUSNAや新ソ連に衝撃を与えられる方法であることも事実です。出来る事なら東道閣下にもご理解いただければと思っています」
「あの方は達也さんに興味を持っている様子ですし、達也さんが嘘偽りなく仰れば、閣下も許可してくれるはずよ」
「だと良いのですが」
達也が何を心配しているのか、真夜には分からない。だが達也がスポンサーを前にして怖気づくとも思っていないので、真夜は終始笑顔で達也の顔を見つめていた。
「では、自分はこれで」
「あら、もう行っちゃうのかしら?」
「『もう一人の』トーラス・シルバーと話しておかなければいけませんので」
「それなら仕方ないわね」
達也が言うもう一人のトーラス・シルバーが誰だか知っている真夜は、仕方がないといった感じで達也を見送ったのだった。
メディアが『北朝鮮』と言いたくなる気持ちが何となく分かった……