劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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結果を知ってると道化にしか見えないな……


克人優勢

 障壁の崩壊に伴う想子の閃光が消える。早くも手詰まりとなった状況を打開する為、達也が一旦攻撃を中止したのだ。その直後、達也に向かって二次元の壁が押し寄せる。物質不透過の壁を間断なく叩きつけ、標的を押し潰す魔法。攻撃型ファランクス。

 それは既に、魔法として発動済みのもの。既に、そこに、あるもの。既に存在するならば、達也に分解出来ない魔法式は無い。達也は二十四層に及ぶその魔法障壁を、一撃で消し去った。

 

「ほぅ……」

 

 

 克人が感嘆を漏らし、ニヤリと笑う。攻撃型ファランクスが達也の魔法に対して致命的に相性が悪いと一度で理解しながら、少しも動揺した様子が無い。

 克人が腰を落とす。達也のエレメンタル・サイトには、克人の魔法演算領域が激しく想子光をまき散らしているのが見えている。

 魔法演算領域の過剰活性化。先月、一条家当主、一条剛毅が陥ったオーバーヒートの前兆だ。かつて、四葉家元当主、四葉元造の命を奪ったオーバーヒートの前兆だ。

 

「(来る――!)」

 

 

 達也が身構える。克人の巨体が飛んだ。対抗魔法の障壁に加え、対物障壁を球状に展開した克人が、自らを砲弾と化して突っ込んでくる。

 達也が左手を突き出す。その掌から、高圧の想子流が撃ち出された。術式解体。克人を包む対物障壁が消え、領域干渉を突き抜け移動魔法を消し去る。

 しかし、克人の身体がまだ空中にあるうちに、移動魔法と対物障壁が復活する――否、新たに発動される。克人が迫る。衝突寸前、達也は対物障壁の破壊に成功したーーだが、移動魔法は無効化出来なかった。克人のショルダータックルを、達也は肩で受けた。

 

「達也さま!」

 

 

 思わず声を上げたのは深雪ではなく水波だった。達也の身体が大きく吹き飛ばされ、雑草に覆われた地面に落ちた。深雪は唇を引き結び、達也をジッと見つめている。

 達也は自ら転がりながらフラッシュ・キャストで発動した移動魔法を併用して、克人から大きく距離を取った。克人からの追撃は無かった。勝利ではなく、屈服させることが目的だ、と言わんばかりに。

 

「硬化魔法まで使うのか」

 

 

 立ち上がった達也が呟く。自分が当たり負けしたのは、克人が自分のジャケットの、肩の部分に発動した硬化魔法によるものだと、達也は弾き飛ばされた後に気付いた。

 

「使えない道理はあるまい?」

 

 

 再び克人から余剰想子光が放たれる。魔法演算領域のオーバーヒートに繋がる過剰活性化。それを克人は意識的に起こしていると、達也は知っていた。

 十文字家の切り札『オーバークロック』。自分のポテンシャル以上に魔法演算領域の活動を引き上げて、一時的に魔法力を増大させる技術。これは魔法師としての寿命を代償にして勝利を得るための技術だ。決して敗退が許されない「首都の最終防壁」に刻み込まれた呪詛だ。

 先代の十文字家当主、十文字和樹は度重なるオーバークロックの使用により魔法を失った。克人はそれを、目の当たりにしている。それでもなお、この技術を使って達也を倒しにかかっている。

 達也は地面すれすれを飛んで突っ込んでくる克人の対物障壁を分解し、横にステップしてタックルを躱す。だがすれ違い終える前に、対物障壁が克人を包んで急膨張する。

 達也が再び、撥ね飛ばされた。地面に転がる達也に、克人が迫る。踏み下ろされる克人の右足。その靴裏には、ソールの形に合わせた対物障壁が貼り付いている。

 達也はギリギリで克人の踏み潰しを避けたが、片膝をついて身体を起こした達也に克人の拳が突きだされる。至近距離で攻撃型ファランクスが撃ち出される。達也はそれを、消し去ってみせた。

 だがそのすぐ後ろから迫る拳は、対物障壁と領域干渉に包まれていた。領域干渉は、術者以外の魔法の発動を妨げる。拳をブロックした達也の腕は、不自然な方向に曲がった。

 背後に跳んで拳の威力を殺す達也。足が地面を触れた時には、腕の骨折は無かったことになっていた。しかし着地した直後では、跳躍の為の踏ん張りは利かない。コンマ数秒あれば回避できただろう。

 しかし、その僅かな時間を克人は許さなかった。克人のショルダータックルが再び達也に決まる。達也の身体が十メートル近く飛ばされた。乗用車にぶつかったとしても、こんなことにはならないだろう。おそらくは、大型トラックに撥ねられたに等しい衝撃。

 達也が地面に伏す。地面には、彼が吐き出した血が飛び散っている。内臓に大きな損傷を折っているのが確実だ。

 

「達也くんっ!」

 

 

 悲鳴を上げたのは、克人側についている真由美だった。深雪は右手で左手をギュッと握り締めて胸に当て、達也から目を逸らさず無言で耐えていた。

 克人が右手を達也に差し伸べる。

 

「おい、止めろ!」

 

 

 摩利の呼び止めを無視して、克人は俯せて倒れたままの達也へ攻撃型ファランクスを放つ。装甲車すら押し潰す二次元の障壁が達也に迫る。しかし、三十二層に及ぶ障壁は、達也に接触する直前に消え去った。

 

「何っ……?」

 

 

 達也に抵抗力が残っていると思っていなかった克人が意外感を超えに漏らす。その驚きは克人だけではなく、摩利も似たような表情で驚きを表現しているが、深雪と真由美は当たり前だと言わんばかりに、達也の反撃を大人しく待っていたのだった。




結果の見えてる戦いって辛いな……

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