日曜日の朝。克人は約束通り、マイカーで真由美が生活している部屋まで真由美を迎えに行った。克人の車は立派な物だった。サイズと、パワーと、堅牢性において。このまま中央アジアの紛争地帯に乗り込めそうな車体を、真由美は呆れ顔で見ている。
「十文字くん、これ、国防軍の払い下げ?」
「普通の市販車だ」
確かにこのSUVはオーダーメイドカーでもなければフルカスタムの改造車でもない。特別仕様車と呼ばれる。オリジナルモデルをチューンナップした少量生産のモデルではあるが、れっきとした市販車だ。
到着するなり不当な疑惑に曝された克人だが、実は彼の方にこそ、真由美に聞いておきたい事があった。
「それより七草。渡辺が来るとは聞いていなかったが?」
先月も似たような問い掛けをした覚えがある克人の視線は、何時もより少し鋭かった。真由美の隣で摩利が「もっと言ってやってくれ」と言いたげな顔で何度も頷いている。真由美は「これぞお手本!」と言いたくなるような誤魔化し笑いを浮かべた。
「まぁ良いじゃない。摩利も後輩の事が気になるんでしょう」
「おいっ! あたしが自分から参加したような言い方をするんじゃない!」
真由美の、いっそ潔い程の責任転嫁に意表を突かれた摩利が声を上げる。しかし、少し抗議されたくらいで前言を翻すくらいなら、こんな見え透いた嘘は吐かないだろう。
「またまたぁ。摩利ったら、てれちゃってぇ」
「お前な……」
「そんなことより、出発しましょう! 時間は限られているんだから」
「そうだな……」
今日はこれ以外に予定を入れていないが、こうして揉めていても時間の無駄にしかならないのは確かだ。克人はそう思って運転席に戻り、真由美はうきうきした表情で後部座席に乗り込む。摩利は諦め顔で、真由美の後に続いた。
伊豆へ向かい出発した克人一行は、現地到着後ある意味予定通りの展開にぶち当たった。
「お断りします」
そう発言したのは達也。そのセリフが向けられた相手は、別荘の応接間で達也の正面に座る克人。達也の隣には深雪が座り、内心が全く窺い知れない顔を、克人の隣に座る真由美に向けている。真由美はさっきから深雪の視線に気圧されながらも、久しぶりに見た婚約者の顔をぼんやりと眺めている。
「何故だ」
克人の重々しい声は達也に向けられたものだが、真由美は思わず腰を浮かせそうになった。それ程の迫力に、達也ばかりか深雪もまるで動じた様子が無い。
「逆に伺いたいですね。十文字先輩は何故、俺がディオーネー計画に参加すべきだとお考えなんですか?」
達也が拒絶を返した、克人のリクエスト。それは達也にUSNAのディオーネー計画へ参加して欲しいというものだった。
「司波、俺は二年前、お前にこういった。お前は十師族になるべきだ、と」
「ええ、覚えています」
「十師族はこの国の魔法師の、助け合いのシステムの一環として九島老師がお作りになったものだ」
「一環と言うより相互扶助システムの管理者だと思いますが……それも理解しています」
「俺は強い力を持つ者、優れた力を持つ者には、それに見合った責任が生じると思っている。魔法師の大半は、大した力を持っていない。暴力という点に限っても、魔法を持たぬ、武術や格闘技で鍛えた一般市民に敵わない魔法師が大半だ」
「程度の差によると思いますが。それに魔法師も軍や警察に奉職しない限り一般市民です」
「そんな詭弁を……」
克人を挟んで真由美の反対側に座っていた摩利が呆れ声で呟くが、達也はその言い分を無視した。克人も気にしなかった。
「だが魔法師ではない者は、魔法師を別の種族と考えている。それはこの国に限らず、現在世界各地で起こっている事を見れば分かることだ」
「全員がそう考えているわけではありませんが、それはひとまず横に置いておきましょう」
「魔法師が人間とは別種族だという考え方には、欠片も賛同するつもりは無い。だが、魔法師が人類の中でマイノリティだという事実も忘れてはならない。魔法師同士は、助け合わなければならん。その意味で、老師が作った十師族という制度は正しいと俺は思っている」
「魔法師同士の助け合いが、魔法を使えない人間に対する蔑視と排斥に繋がらなければ、俺も正しいと思います」
「……それは魔法師がエリート階級として魔法を使えない人間を見下す、ということか?」
摩利が克人の隣から「考え過ぎではないか」というニュアンスで問いかける。達也は摩利のセリフを、今度は無視しなかった。
「将来的には、あり得ない話ではありません」
「司波。お前も十師族の一員なら、同じ魔法師に手を差し伸べるべきだ」
克人は摩利の質問と達也の回答を二つとも無視した。
「十文字家のご当主。失礼ながら、達也様は四葉家当主の縁者で、四葉家次期当主なのですが」
ここで初めて深雪が口を挿んだ。なお昨晩、あれから達也と話し合って、幾つかの決まり事を設けた。克人に対して「十文字家ご当主」という呼びかけもその一つだ。
「存じ上げている。しかし十師族は役目であって血統ではない。俺はそう考えている」
克人の返答に、深雪は柳眉を釣り上げたが克人はその程度で動じたりしない。克人の視線が、深雪から達也に戻されたが、深雪は克人をにらみつける事を止めなかった。
深雪の怒りのボルテージが上がってく……