ミラージ・バット二回戦まで、まだ少し時間がある。予備のCADの調整を既に終えている達也は、深雪と共に空を見上げていた。
「良い天気だな。このまま夜まで続いてくれると良いんだが」
「夕方から晴れるそうですよ」
「星明りも邪魔になるんだが……まぁ雨が降るよりかはましか」
「そうですね……」
ふと会話が切れ、達也は不思議そうに深雪に視線を向けた。
「如何かしたのか?」
「お兄様、小早川先輩の事ですが……」
「ああ、分かってる。後でな」
近くにあずさが居る事に気がついている達也は、話の核心に触れる事なくその話題を終わらせた。
「ところで深雪、上級生に混じっての試合だが、お前なら問題ないよな」
「はい? まぁ大丈夫だとは思いますが……」
急に話題を変えられ、深雪は困惑したが、達也が視線でその理由を深雪に告げたため、何故話題を変えたのかを声に出して聞く事はしなかった。
「この天気なら光球を見失う事も無いだろうし、予選でアレを使う事もなさそうだな」
「ですがお兄様、何事も油断は禁物ですよね」
「そうだ。もちろん油断や過信は重大なミスを招く恐れがある。その事だけは忘れないようにな」
「はい!」
あずさの事に気付かないように見える風に会話を続けた兄妹は、そのままその場から移動し始めたのだった。
達也たちの会話を、あずさは「暢気だ」とは思わなかった。深雪一人の能力でも予選突破は確実視されてるし、それに加えて達也もサポートするのだから、夜に行われる決勝の話をしていても先の話だとは思うが気が早いとは思わなかったのだ。
「(深雪さん一人でも決勝で勝てるかもしれないのに、司波君がサポートするんだもんね。普通なら油断してもおかしく無いのに、あの二人はしっかりしてる……それにもしかしたら、司波君は……)」
達也の正体に何となく気付いているあずさは、さっきの騒動でもそれほど驚きはしなかった。
達也が暴力に訴え出た事には驚いたが、妨害工作を見破った事には全く驚きを感じなかったのだ。
「(だって、「彼」ならそれくらい簡単に出来るだろうし、「彼」なら私たちが太刀打ち出来ないのも当たり前だ)」
達也の能力を認めようとしない他のエンジニアとは違い、あずさは既に達也相手に対抗意識を燃やす事を早々に諦めていた。そして例の考えに至ってからは、出来る事なら指導してもらいたいとすら思っているのだ。
「(でも、エンジニアとしてだけなら兎も角、司波君はモノリス・コードでも結果を残してるんだよね……)」
エンジニアとしてだけなら、魔法力はさほど関係しないので納得出来る部分があるのだが、モノリス・コードはまた話が違うのだ。
「(司波君の成績はそれほど良く無い……でもそれは学校の試験の話……実際に魔法が使われ、戦闘を行ってる場面を想定しての話ではなく、実際に魔法を使っての戦闘において、司波君は紛れも無く優等生だよ……)」
あずさは自分をブルーム、二科生をウィードと揶揄するような事はしない。だが心のどこかでは自分は優れているんだという考えを持っているのも事実だ。
試験の結果で分けられてるという事を理解しているのだが、達也の試験の結果と実際に魔法を使っての戦闘の結果は、大きくかけ離れているので、あずさはこんなにも悩んでるのだろう。
「(司波君が実際は優等生なのだとしたら、学校の試験って何なんだろう……『優等生』っていったいなんなの?)」
達也の事情を知りようが無いあずさは、一人でそんな事を考えていた。その間に達也たちは居なくなっていたのだが、その事にすら気付かないほど、集中して考え事をしていたのだ。
「あーちゃん、そんなに悩まないの」
「会長!? 何時の間に」
「さっきまで達也君を見て難しい顔してたからね。アレは特別よ」
後輩を捕まえて『アレ』呼ばわりとはとあずさは思ったが、話の腰を折る事はしなかった。
「達也君が実際には『優等生』だったのは確かだけども、だからと言って学校のテストが無意味って訳にはならないのよ。テストの結果も十分現実味がある結果なのだから」
「ですが会長、司波君は学校のテストの成績は……」
「そうなのよね……」
あずさが考えていた事は、真由美もまた考えていた事だったのだ。
「それもだけど、一科生の子たちが達也君を目の敵にしてるのも考え物よね……さっさと認めちゃえば楽なのに」
「司波君が二科生だって事を気にしてるんですよ」
自分の服についているエンブレムに視線をやったあずさは、真由美が苦笑いを浮かべてるのに気付いて首を傾げた。
「あれは元々制服の刺繍が間に合わなかったから違いがあるだけなのにね」
「そうだったんですか!?」
「あれ? 知らなかったの? ほら、ウチは学期途中で定員を増やしたから制服の刺繍が間に合わなかったのよ。次の学年からは揃える予定だったらしいんだけど、区別が出来て良いって考えが浸透しちゃったのよね……だから今も制服に違いがあるのよ」
「そうだったんですか……」
「この事、深雪さんには内緒ね」
「分かりました」
深雪にこの事を教えたら、きっと荒れるだろうとあずさも思っていたので、真由美の提案を素直に受け入れた。
「それにしてもあーちゃん」
「はい、なんでしょう?」
話題転換の気配を感じて、あずさは少し身構えた。真由美と摩利のように言葉でじゃれあうような機会が少ない分、あずさは真由美の口撃には慣れていないのだ。
「随分と達也君の事気にしてるけど、もしかして……」
「ち、違いますよ!? ただ調整方法を教わってみたいとか、ソフトだけじゃなくハードの方も知識が豊富らしいから聞いてみたいとか思ってるだけですから!」
「私はまだ何も言ってないんだけど?」
「あ、あうぅ……」
小動物のように体を縮こまらせて照れるあずさ。真由美はその姿を見て一瞬満足そうに頬を緩めたが、すぐに険しい顔に変わった。
「会長?」
「まさかあーちゃんまでとは……さっきコハルンも堕ちたっぽいし……これは大変そうね」
「何の話ですか?」
「ううん、なんでもないの。ところであーちゃん、貴女もミラージ・バット担当でしょ? 調整は終わってるの?」
「もちろんです! ですが、深雪さんのように予選突破が確実と言われてる訳じゃないので」
「一年生が突破確実って言われてるのもおかしいんだけどね」
一年生が新人戦をキャンセルして本戦に出る事はかなり稀であり、その一年生が予選を突破する事など過去に前例が無いのだ。
普通一年生と二年生の魔法力の差は、二年生と三年生の魔法力の差よりも開きがあるとされているのだ。本格的な魔法の指導が受けられるのが高校からなので仕方ないのだが、それでも深雪は予選突破が確実だと思われており、優勝候補とまで言われているのだ。
「兎に角、達也君の事で悩むのはもうお終いね」
「わかりました」
真由美が自分に牽制をしてるんだという事を理解せずに、あずさは言葉通りに達也の事を考えるのをやめたのだった。
真由美の牽制に気付かないあーちゃん……