エドワード・クラークの発表が放送された翌日の月曜日、三年A組の教室。登校状況は半分を超え、三分の二に満たないと言ったところ。なお、深雪はまだ教室に姿を見せていない。
教室内では、生徒同士があちこちに固まってお喋りをしている。こういうところは、魔法科高校の生徒であろうと当たり前の高校生の姿だ。
だが中止になった九校戦の事を話している生徒は少ない。気にしていないのではなく、明らかに避けている感じだ。このクラスには問題になっている『能動空中機雷』の当事者がいるし、達也のお陰で去年、一昨年と九校戦で優勝できたという側面が確かにあることをA組に生徒たちは知っている。このクラスには代表選手が多いから、余計話題にしにくいのだろう。
その代わりというわけでもないだろうが、昨日から何度もニュースになっているアメリカの宇宙開発計画を話の種にしている生徒が多い。雫やほのか、三高女子たちも例外では無かった。
「司波深雪はまだ来ていないようですわね」
「うん。たぶん昨日の事で達也さんに話を聞いているんじゃないかな」
「でも確か、昨日の朝早くに達也さんが深雪に電話してたって藤林さんが言ってたから、その事で遅れてるとは思えないんだけど」
「深雪嬢が一番多く達也殿との時間を過ごしてきたのじゃろうし、達也殿が例の計画に参加するかどうか、もう一度直接確かめておるのではないか?」
「そもそも、達也さんが参加するなんてありえない話じゃないの?」
「そうですね。四葉家次期当主である達也様が、USNAの夢物語に付き合う義理は無いと思います」
「例え日本政府や魔法協会が参加するべきだと圧力をかけてこようが、四葉家は揺らがないと思いますわ」
さすがに周りに聞かれるとマズい内容も含まれているので、彼女たちは小声で話している。普通なら興味を惹かれて耳をそばだてるのだろうが、彼女たちがこうしてコソコソと話しているのは割と何時もの事なので、無関係な生徒たちは聞き耳を立てる事無く、自分たちの話に集中していた。
「もしかしたら、達也さんを追い詰めるために、学校から孤立させようとして九校戦を中止にしたのかな?」
「でも、九校戦の中止が発表されたのは、ディオーネー計画が発表されるより前だよ?」
「あっ、そっか……」
「じゃが、あの発表の所為で達也殿の事を悪く言う輩が大勢出てきたのは事実じゃしの……日本におるUSNAの工作員が、マスコミを操作したのかもしれんの……もともと噂はあったとはいえ、魔法科高校生全員が噂で終わるだろうと思っていたことじゃし」
それだけ魔法科高校生にとって、九校戦と言うものは大きなイベントなのだ。それに参加する事を目標として入学する生徒も少なくない。
「達也殿がシルバーだと知っているワシらは兎も角として、その事を知らない連中は、誰がエドワード・クラークが指名した高校生なのか探そうと躍起になるかもしれんの」
「達也様の事を認めていない連中が考える人間となると、第一候補としては吉祥寺になるのかしら?」
「確かに吉祥寺君は世界的に認められている学者という事になりますが、トーラス・シルバーとまでは考えが及ばないのではないかと。彼の実力は、あくまで超高校生級、魔工師という枠すら超えてしまっている達也様とは比べ物にならないものですから」
「それもそうですわね……そうなると、誰が疑われることになるのかしら」
愛梨が首を傾げたタイミングで、教室が俄かに騒がしくなる。そんなことが起こる原因は一つだと分かっているメンバーは、顔を上げて深雪に挨拶したのだった。
始業時間ギリギリのタイミングで教室に滑り込んだ達也を、美月が怪訝そうな顔で眺めた。
「どうかしたのか?」
「いえ、達也さんがギリギリという事が珍しいなと思っただけで」
美月の問いかけに応えながら席に着いた達也だったが、座学用の端末に表示されたメッセージにまたすぐ立ち上がることを余儀なくされた。
「どうかしたんですか?」
昨年同様隣の席の美月が訝し気な表情を浮かべながら達也に尋ねる。先ほどより表情が険しいのは、遅刻ギリギリで教室にやってきていきなりサボる、なんてことはあり得ないと思っているからだろう。
「職員室に呼び出された。さすがに無視は出来ないから行ってくる」
「職員室に、ですか? まさかマスコミの人たちが押し寄せてきたとかじゃないですよね?」
美月の顔が心配そうに曇ってるのを見て、達也は心配はいらないという感じの笑みを浮かべて美月に答えた。
「そういう事じゃないだろうな。実際、外は騒がしくないから、マスコミ連中が押し寄せてきたとかではないだろ」
「そうですか……」
それでも表情が晴れない美月を見て、達也は本当の事を言わなくて良かったと思っていた。本当の呼び出し先は職員室ではなく、校長室。一介の生徒が校長室に呼び出されることなど滅多になく、達也は既に一度校長室に呼び出された事があるのだから、再び校長室に呼び出されたと美月に告げれば、いらぬ心配をかける事になるだろうと達也も理解しているのだ。
「そんなに心配するな」
そう美月や、彼女の背後で心配そうな表情を浮かべていた千秋に告げてから、達也は教室を後にしたのだった。
ここにきて千秋をこちら側にしたことを後悔してる……まぁ、何とかしますが