融解して浅く抉れ、今は薄い氷に覆われている防衛陣地跡の中心部。小銃形態のCADのストレージカートリッジを入れ替えたリーナが達也に尋ねる。
「準備は良い?」
達也はベータ・トライデントのストレージをセットしたCADを、腰のホルスターにしっかりと固定して答えた。
「何時でも良いぞ」
「オーケー。始めるわよ」
達也の言葉を聞いたリーナが、CADを構え引き金を引いた。深雪と幹比古が緊張した面持ちで見守る中、達也を宇宙に送り出す魔法の構築が始まる。
達也の周りに、直立する光の円い柱が出現した。加速、感性中和、空気抵抗極小化。幾重にも重なりあう魔法が、幾重にも層を為す砲身として顕現する。重力遮断が作用し、達也の身体がふわりと浮いた。達也が発射の衝撃に備えて身構える。コバート・ムーバル・スーツのマントが滑らかな曲面に硬化して達也の全身を包み込み、流線形を基本とする飛行形態に変化した。
「Go!」
リーナの魔法が発動した。深雪が一心に見つめる中、達也は宇宙へ旅立った。
「後は任せるわよ、深雪」
「言われるまでもないわ。お兄様の無事は、私が保証します」
魔法力の殆どを使い切って達也を宇宙に飛び立たせたリーナは、力ない笑みを浮かべて深雪に後を託した。それを受けた深雪は、自信満々の笑みをリーナに向け、全神経を達也に傾けるのだった。
移動する魔法の砲身に囲まれ、達也は上へ上へと加速する。雲を突き抜け、夜から闇へ。漆黒の宇宙へ。ちょうど十分後、対地高度百四十キロメートルで、リーナの魔法は終了した。魔法の砲身が消え、達也が宇宙へ投げ出される。コバート・ムーバル・スーツの飛行形態が解除され、マントが解けた。彼はCADをホルスターから抜き出し、マントの外へ突き出した。
達也は南盾島を基準として、相対的に垂直に打ち上げられた。達也に与えられた速度は、人工衛星として地球を周回する為に必要な第一宇宙速度には遥かに足りない(ざっくり計算して、必要な速度の五パーセント程度である)。従って達也の身体は、かなりの速度で落下を始める。それを一旦重力制御魔法(飛行魔法)で止め、南盾島直上の位置を維持したままセブンス・ブレイグの出現を待ったが、待つ必要は殆どなかった。
セブンス・プレイグは北極方向ではなく、遥か西側から現れた。極軌道を取っていたはずのセブンス・プレイグの軌道が、大きく傾いている。
「(観測時点では魔法が終了していなかったということか!)」
達也が南方諸島工廠で入手した軌道データ上にセブンス・プレイグが見つからなかった理由を、彼は今更知ることになった。あの後も魔法の影響を受けて、セブンス・プレイグの軌道は捻じ曲げられていたのだ。
「(まるで南盾島に引き寄せられているようだ)」
現在の未完成の隕石爆弾は術者が魔法を発動した地点に隕石などの対象物を引き寄せる性質がある。実験の目的から見れば失敗した今回の魔法も、「未完成の隕石爆弾」としての発動は成功しているのだ。セブンス・プレイグは急速に高度を下げている。達也が浮いている所よりまだ随分と高空だが、彼の主観では、軍艦が暗い宇宙から自分目掛けて堕ちてきているように見える程だ。このままいけば地球をもう一周して南盾島目掛けて墜落し、その途中の西日本上空辺りで爆発する可能性が高かった。
「(そうはさせん!)」
達也は飛行魔法を停止し、CADを両手で構え直し、巨大軍事衛星に向ける。右手の人差し指でCADの引き金を引く。常であれば一瞬で終わる起動式の出力と読み込みが、五秒かけて漸く終わる。
「(ベータ・トライデント、起動式リード)」
駆逐艦に匹敵する構造物が堕ちてくる。今や達也の肉眼には、その巨体が少しずつ壊れていく様がはっきりと映っていた。
「(原子分解式、構築――完了)」
達也は焦りをねじ伏せて、魔法式構築に精神をいっそう集中した。
「(ハドロン分解式、構築――完了)」
達也の顔に、苦悶の表情が浮かぶ。
「(ベータ崩壊式、構築――完了)」
ついにセブンス・プレイグから対地球ミサイル、ヘイル・オブ・ファイアのランチャーが分離した。しかしそれを見ても、達也は焦らなかった。彼は焦りを覚える余裕もない程、精神を己が魔法に集中していた。
魔法の発動対象を定める。視界の中に、セブンス・プレイグの情報を収める。大型のパネルからネジ一本に至るまで、あらゆる情報を掌握する。
「ベータ・トライデント、発動」
その言葉は、意識せず声になった。セブンス・プレイグとヘイル・オブ・ファイア、その他脱落した諸々の部品、軍事衛星を構成していたすべての物を呑み込んで、巨大な魔法式が放たれた。
セブンス・プレイグが分離したヘイル・オブ・ファイアと共に、一瞬で形を失う。金属も樹脂も、戦略軍事衛星のあらゆる構成物質が原子に分解された。原子核がハドロンに分解され、ハドロンとレプトンが密集した雲が出現する。中性子から電子と反電子ニュートリノが分離され、陽子に代わる。拡散が始まった。爆発的に、電子と陽子が広がっていく。
まず質量が軽い電子が、達也に向かって押し寄せる。スーツの表面ではじける火花。成功を見届けた達也は、意識を手放した。
強さの次元が違い過ぎると思うんだが……今回は戦闘ではないですけど