監禁されていた部屋からしばらく走ったところで、達也は盛永に問い掛けた。
「九亜の仲間は、今何をしている?」
「あの子たちは今、実験中なんです」
小走りで進む盛永は、息を切らしながらも達也の問いに答えた。達也は「やはりそうか」と心の中で呟き、更にずっと気になっていたことを訪ねる。
「貴女たちが開発していた魔法はどのようなものなんだ? 九人もの調整体をリンクさせる必要がある大規模な魔法とはいったい?」
「私たちは『ミーティアライト・フォール』、『隕石爆弾』と呼んでいます。地球の近傍に来た小惑星の軌道を操作して、地球に落下させる魔法です」
「小惑星? 二日前の、2095GE9! あれは貴女たちの仕業か!」
達也は思わず声を荒げた。2095GE9落下の被害予想を知っていて、平然としている事が出来なかったのだ。
「そうです……何故それを?」
だが盛永には、自分たちが責められているという実感が無いようだ。それを意識する前に、別の疑問が心を占めていた。
「もしかして……貴方が『灼熱のハロウィン』の戦略級魔法師なのですか!?」
「いや、違う」
黙っているのは肯定した事になる。そう考えて、達也は短く否定だけを返した。
「……そうですよね。虎の子の戦略級魔法師に、こんな危ない橋を渡らせるはずがないわ」
幸いにして、盛永は勝手に自己完結してくれた。
「エレベーターは使わない方がいいでしょう。こっちです」
彼女は通路の途中にある、非常階段への扉を開けた。
盛永は研究者の一般的なイメージに反して、なかなかの体力を持っていたが、さすがに五階分の階段を上り終えた辺りでは息を切らしていた。達也一人なら飛行魔法で飛んでいけるのだが、彼女を持ち上げて飛ぶのは、さすがの達也でも実行に移す事はしなかった。
盛永が息を整えている間に、達也は盛永に新たな質問を投げ掛けた。
「小天体を落下させる魔法といっても、隕石を厳密にコントロールする事など出来ないだろう。空中爆発を引き起こす高度も、隕石の組成一つで変化する」
「ええ、その通りです。私たちも隕石を落下させるだけでは軍上層部を説得するのに十分ではないと考えていました。今日の実験はその為に計画されたものなんです。今行われているのは軌道離脱実験。隕石落下の魔法式の方向性を逆転させることで現在、あるいは将来的に脅威となる人工衛星を衛星軌道から外し、宇宙の彼方へと葬り去る実験です」
「なるほど。それならデブリが発生しない分、衛星破壊より利用価値は高い。軍だけでなく政府にも強くアピール出来るだろう。だが、他国が使用中の衛星なら、それが宇宙条約に違反する軍事衛星だってもいろいろと面倒な事になるぞ。それに大抵の人工衛星は、大気圏で燃え尽きるよう設計されているはずだ。わざわざ軌道を離脱させなければならないような、都合のいい衛星があるのか?」
「今回の標的は――」
いったん盛永が息を継いだのは、それを言うのに躊躇いがあったからか、単に苦しかっただけなのかは分からない。
「USNAの廃棄戦略軍事衛星『セブンス・プレイグ』です」
「何っ!?」
思わず達也が大声を出す。そこまで驚かれると思っていなかったのか、盛永も目を見開いて驚いている。
「ここの責任者は正気なのか? あの軍事衛星は六十トンの劣化ウラン弾を抱え込んでいるんだぞ。もし離脱実験に失敗して逆に落下したら、環境汚染は計り知れないものになる。もしそうでなくても軌道変更の衝撃で内蔵する三十発の対地ミサイル『ヘイル・オブ・ファイア』が誤射されるような事になれば、最悪世界大戦の再発だ」
セブンス・プレイグは、簡単に言うならば対地攻撃ミサイルの発射台だ。一発当たり一キログラムの劣化ウラン弾二千発を内蔵したミサイル『ヘイル・オブ・ファイア』を高度四百キロメートルから打ち下ろす。ミサイルはその運動エネルギーを保持したまま空中で爆発し、秒速十キロを超える速度の劣化ウラン弾を半径一キロメートルにまき散らす。その威力は核兵器に代わるものと期待されたが、打ち上げのコストが掛かりすぎると判断されて、一基完成しただけで配備は中止され、事実上廃棄された。
セブンス・プレイグはUSNAも処分に苦戦している衛星軌道上の厄介者だった。だからもし離脱実験に成功すれば、盛永たちの狙い通り隕石爆弾は高い価値を勝ち取るだろうが、逆に実験に失敗してセブンス・プレイグの落下を招くような事があれば、日本が世界中の非難を浴びるだけでは終わらない。最悪、達也が言うように第四次世界大戦を招きかねない。
「……『ヘイル・オブ・ファイア』が誤射されることはありません。あのミサイルの安全システムは完璧だと聞いています」
盛永は一応の抗弁を試みた。達也から目を逸らして。ヘルメットで達也の顔が隠れていても、盛永は彼を直視出来なかった。
「完璧なシステムなど、この世に存在しない。それにたとえ劣化ウラン弾の脅威が無くても、全長百四十メートルもの巨大衛星が落下すれば、その衝撃だけで墜落地点から数百キロメートル圏内は壊滅状態になるだろう」
達也の言葉に答えず、盛永は再び非常階段を上り始めた。達也も答えが無い事は分かっていたのか、黙ってその後に続いたのだった。
自分たちが浮かれてるのを自覚してるのに止めないとは