劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也は良いように使われてるような……


絶対条件

 昼過ぎには戻るから、帰り支度を済ませておいてくれと言い残して、達也は霞ヶ浦基地に飛び立った。だが達也に改めて言われなくても、今日東京へ戻ることは全員がなんとなく察していた。女の子たちは帰り支度がしやすくなるよう昨日の内に荷物を整理していたし、男子は元々荷物が少ない。黒沢の助けもあって、九時半頃には荷造りがあらかた終わっていた。達也が戻ってくるまでどうするか。という話になって、そこは活力が余っている高校生、最後にビーチで遊んでおこうという話になった。無論、九亜も一緒に。いや、こちらがメインだったのかもしれない。

 九亜を入れて、ビーチボールを円陣パスを始める。ただボールをパスとレシーブでつなぐだけだが、これが意外に盛り上がる。ビーチは明るい笑い声に満ちていた。

 一番熱心に取り込んでいたのは九亜だろう。ボール遊び自体初めてなのか、まるで目測が出来ておらず、バタバタと走り回っている。九亜の一生懸命な姿に感化されたのか、他の七人も童心に返って遊んでいたが、深雪は三十分程でリタイアし、パラソルの下に避難した。ちなみに、雫と美月もパラソルの下にいる。真由美から深雪に電話があったのは休憩に入って暫く経った、十時半前後の事だった。

 

『七草です。深雪さん?』

 

「はい、司波です。わざわざお電話いただき恐縮です」

 

『いえ、こちらこそメッセージに気付くのが遅れてごめんなさい。それで早速なんだけど、迷子を預かってもらってない?』

 

「小さなお客様をお預かりしています。私もその事をご相談したいと思っていました」

 

『あっ、やっぱり? 今からそちらにお邪魔したいんだけど、構わないかしら? 一時間後くらいにはなると思うけど』

 

「少々お待ちください」

 

 

 深雪が雫に視線を向けると、彼女は小さく頷いて許可を出した。

 

「大丈夫です。場所はお分かりですか?」

 

『ええ、大丈夫』

 

「ご足労頂く事になり、申し訳ないのですが」

 

『気にしないで。どうせ帰り道だから』

 

「はい、お待ちしております」

 

 

 電話を切り、深雪が立ち上がる。深雪はエリカたちに、真由美が来るからボール遊びを切り上げようと告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 円筒形の大きなリュックを背負った達也が、基地内の飛行場を乗機予定の飛行艇へ歩いていく。ジェット飛行機の前には、真田大尉が待っていた。達也が敬礼し、真田が答礼する。先に口を開いたのは達也だった。

 

「真田大尉、コバート・ムーバル・スーツの準備、ありがとうございました」

 

 

 背負ったリュックの感触を意識しながら、達也が軽く頭を下げる。

 

「いえいえ、こちらとしては実戦データを取るいい機会ですからね。ところで、魔法協会の方は首尾よく行きましたか?」

 

 

 真田が愛想よく笑顔で答え、その笑顔のまま、人の好さそうね口調で尋ねた。

 

「自分は事実を報告しただけですので。これからどう動くかは協会次第です」

 

 

 達也の答えを聞いて、真田の笑みがどことなく腹黒いものに変わった。

 

「魔法師の保護を謳う魔法協会としては無視出来ないでしょう。むしろ、積極的に動くと思いますよ。非常事態を除き十八歳未満の魔法師を軍役に使用しないという規則を、国防軍が破っているのですから。協会としては、軍に貸しを作るいい機会だと考えるはずです」

 

 

 真田のセリフを聞いて、達也が人の悪い笑みを浮かべる。

 

「自分は十六歳なのですが」

 

「それはそれ、これはこれです」

 

 

 真田は人を喰った口調で、達也の指摘を受け流した。

 

「ああ、そうだ。肝心の用件を忘れる所でした。特尉、これを持っていきなさい」

 

 

 真田がCADのストレージを二本、達也に差し出す。どちらも達也が愛用している拳銃形態CAD『シルバー・ホーン』用の物だ。

 

「これは『ディープ』と『ベータ』のストレージですね。『ディープ』は兎も角、『ベータ』は未完成でとても実戦に耐えるものではありませんが」

 

 

 ディープは『ディープ・ミスト・ディスパージョン』、ベータは『ベータ・トライデント』、より正確には『ベータ・ディケイ・ディスパージョン・トライデント』の略だ。どちらも分解魔法に属する未完成の術式で、特にベータの方は実戦闘には使えない失敗作だと、この魔法を開発した達也は既に見切りをつけていた。

 ベータ・トライデントは封印を解除した状態の、分解魔法に特化した魔法演算領域を持つ達也でも、起動式の読み込みに五秒、魔法式の構築に五秒、合計十秒もの準備時間を要する。しかも魔法演算領域に掛かる負荷が大きすぎて、発動後は暫く次の魔法が使えなくなってしまうというおまけ付きだ。敵を倒す事より勝者として最後まで立っている事を重視する達也にすれば、欠陥品以外の何物でもない。

 

「戦闘に使えなくても別の使い道があるかもしれないじゃないですか。同じように機会があればデータを取ってほしいんですよ。『コバート』の貸出料と考えてください」

 

「……了解しました」

 

「では特尉、気を付けて」

 

「了解しております。大隊の関与は決して覚らせません」

 

 

 今回達也がこの基地で済ませた用件は二つ。一つは作戦に必要な装備を借り受けること。そしてもう一つは、海軍が開発中の大規模魔法に関わる資料、及び施設の破壊についての黙認を取る事。

 達也は魔法師を使いつぶす事を前提とした魔法の存在を許すつもりは無い。それがどんな種類の魔法であろうと、この世界から消し去る。昨日一晩悩んだ末に出した結論だ。だがもしこの破壊活動に陸軍が関わっていると知られれば、国防軍内で深刻な対立を引き起こす事になる。独立魔装大隊の関与を秘匿し通す事は、絶対条件だった。

 達也と真田の二人は、もう一度敬礼を交わして別れた。




隠す事が多すぎる

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