劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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片仮名の名前は面倒……


世界の脅威

 小笠原諸島の東、千四百キロの海上。夕日を背に、波を割って、巨大な潜水艦が浮上した。USNA巨大原子力潜水艦『ニューメキシコ』。浮上したニューメキシコに、VTOL戦闘機が接近する。ニューメキシコ上部後方の耐水外殻が左右に開き、その下から現れた装甲甲板に、VTOLが着艦した。クルーが走ってきて、複座のコクピットに梯子を掛ける。

 後部座席から、装甲服とフルフェイスのヘルメットで肌を完全に遮断した女性士官が降りてきた。艦長と少佐の階級章をつけた精悍な男性士官が彼女を敬礼で出迎えている。装甲服の女性士官は二人の許へ歩み寄り、敬礼を返した。少佐が背を向け、艦内に入る。女性士官が、その後に続いた。

 装甲服の女性士官がヘルメットを脱ぐと、煌めく金色の髪が、ヘルメットの外へ流れ落ちる。彼女の名はアンジェリーナ=クドウ=シールズ、愛称はリーナ。軍における名称は、USNA参謀本部直属魔法師部隊スターズ総隊長、アンジー=シリウス。彼女をここまで案内してきたカノープス少佐と、彼の二人の部下が、リーナに向かって敬礼する。

 

「楽にしてください」

 

 

 リーナはスターズの総隊長だが、スターズは十二の隊に分かれており、彼女の下に実質的な指揮を執る十二人の部隊長がいる。ベンジャミン=カノープス。ラルフ=ハーディ=ミルファク。ラルフ=アルゴル。第一隊の隊長と、彼の部下である二人の恒星級隊員に改めて向き直り、リーナは口を開いた。

 

「参謀本部の指令を伝えます。日本軍の南盾島海軍基地内にある魔法研究所を研究資料、実験機器を含めて完全に破壊せよとのことです」

 

「参謀本部は、ステイツにとって脅威となる魔法が研究されていると判断を下したのですね」

 

「世界にとって、です。当該魔法研究所で開発されている魔法のコードネームは『ミーティアライト・フォール』。地球の周囲にある巨大質量体を引き寄せ、落下させる戦略級魔法です。落下させる質量にもよりますが、都市どころか、一国丸ごと消滅させることすら可能な極めて危険な魔法です」

 

「総隊長殿」

 

 

 リーナの説明を受けて、緊張が一周回ってネジが緩んだアルゴルが、へらへら笑いながら質問の許可を求めた。リーナが視線で続きを促すと、やはりへらへらしながら口を開いた。

 

「研究資料を完全に破壊せよとのことですが、完全破壊の対象には研究員の脳みその中も含むんですかね」

 

「……命令は研究資料を含めた完全破壊です。それ以上の詳細は聞いていません」

 

 

 アルゴルの問いかけを受けて、リーナは今まで以上に表情を硬くし、声のトーンを落とし、事務的な口調で答える。それを聞いて、アルゴルは狂気を滲ませる楽しげな笑い声を上げた。

 

「ということは、現場の判断に任されていると?」

 

「ラルフ。現場の判断は上官である私、または総隊長殿が下す」

 

「分かってますよ、隊長。勝手な真似はしません」

 

 

 リーナが口を開くより早く、カノープスの厳しい声が飛び、アルゴルは不満げに、それでも大人しく引き下がった。

 

「……よろしい。では作戦を詰めましょう。作戦開始は現時点から二十七時間後。強襲艇を用いて私とハーディで陽動を掛けます。具体的には南盾島東岸の防衛陣地を私の魔法で破壊。ハーティはその援護。その隙にベンとラルフは島の北東からスラスト・スーツで上陸し、研究所内部に突入。資料と機器を破壊した上、研究所を爆破してください。ただし、作戦遂行が困難になった場合は撤退して構いません。第二段階として、私がヘヴィ・メタル・バーストで基地を吹き飛ばします。質問はありますか?」

 

「総隊長殿、戦略級魔法の使用許可が下りたのですか!?」

 

 

 ミルファクが驚愕を露わにして問いかける。彼は「私の魔法」というリーナの言葉を、第二段階に至らずとも防衛基地攻撃の段階で、戦略級魔法ヘヴィ・メタル・バーストを使用するという意味だと理解していた。

 

「それだけ参謀本部は、今回判明した脅威を重大なものと見ているという事です」

 

 

 彼の解釈を、リーナは肯定した。

 

「しかし、ヘヴィ・メタル・バーストは使用の痕跡だけで、総隊長殿の関与を示す状況証拠になると思われますが」

 

「それでも構わないという事だろう。いや、あえて我が国の意思を知らしめるためか」

 

 

 カノープスが揺るぎない眼差し、断固たる口調でミルファクの疑問に答える。

 

「ステイツは世界の脅威となる戦略級魔法が新たに生み出されることを許容しない。それを日本の軍人も理解すべきなのだ」

 

「その通りです」

 

 

 実はリーナ本人もヘヴィ・メタル・バーストの使用については疑問を懐いていたのだが、カノープスの言葉に力づけられたのか、彼女の言葉から迷いが消えていた。

 

「幸い南盾島は全島軍事施設であり、民間人は日没後退去していると報告を受けています。犠牲は最小限に抑えられるはずです」

 

 

 カノープスが一瞬、眉を顰める。彼はリーナが受けた説明が嘘だと知っていた。作戦の第二段階が実行されれば、大勢の民間人を巻き込む事になるだろう。だがリーナは、カノープスの微妙な表情の変化に気が付かなかった。

 

「それでは各自、作戦に備えてください」

 

 

 カノープスはリーナに何も告げず、部下と共に敬礼した。第一段階で作戦を完遂すれば、余計な犠牲は生じない。彼は自分を、そう納得させた。




総隊長なのに……

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