劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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リーナポンコツ劇場、第一幕


参謀本部の命令です

 アルバカーキ空港のロビーでは、スターズの体調がリーナの到着を今か今かと待っていた。彼女の名はシルヴィア=マーキュリー・ファースト。「シルヴィア以外はコードネームで「ファースト」はスターズ惑星級魔法師「マーキュリー」の第一順位を表している。階級は准尉、年齢は二十五歳。まだ若いながらも「ファースト」のコードを与えられている事から分かる通り、スターズ内部で能力を高く評価されている女性准士官である。

 彼女は日本における潜入工作任務でリーナの補佐を務めていた。その縁あってか、彼女はリーナ本人がいないところで総隊長の副官的な立場に押し上げられていた。

 飛行機の到着が遅れているのか、シルヴィアは先ほどから何度も腕時計を覗き込んでいる。ため息も同じくらいの回数繰り返していたが、こちらは到着の遅れだけが原因ではなかった。

 漸くリーナを乗せた飛行機の到着が告げられる。だがここからさらに待たなければならない。幾ら空港の仕事が迅速化したと言っても、多数の人と荷物が移動するのだから相応の時間は必要だ。それでも到着した事が分かってる今、待つのは気分的に楽になる。しかしそれに反比例して、言いにくい用件を伝える時が確実に迫り、気分が重くなっていく。シルヴィア自身がリーナに気の毒だと感じているから尚更だった。

 中から到着客出口に人の波が押し寄せ、対に一際目立つ金色の輝きがシルヴィアの目に飛び込んだ。

 

「シルヴィ。迎えに来てくれたんですか」

 

 

 リーナの方でもシルヴィアに気付いたようで、大量の荷物を載せたカートを押しながら、笑顔で手を振っている。勢いよく押してきたカートを急停止させて、リーナは満面の笑みで話しかけた。シルヴィアはカートに釘付けとなっていた目をリーナに向けて、互いに平服であるにも拘わらず挙手の敬礼をした。

 

「お帰りなさい、総隊長殿」

 

 

 リーナのカートに載っている奇妙な品々に気を取られているとシルヴィア自分でも感じていたが、周囲の人たちにこのセリフを聞かれないようにする配慮は、うっかり敬礼などしてしまいながらも意識せずに出来ていた。ところが、である。

 

「今は任務中ではありませんから、リーナで良いですよ」

 

 

 シルヴィアの思いなどお構いなしに、また周囲の耳も気に掛けず、リーナは無邪気にそう言った。この子は、とシルヴィアは頭を抱えたくなったが、立場的にもシチュエーション的にもそんな行動は取れない。

 

「ほら、お土産、沢山買ってきたんです。はい、これ!」

 

 

 シルヴィアを蝕むストレスに、リーナは全く気づいていない。漸く帰国出来て浮かれているのか、山積みされているお土産の中から扇子を取り出して、シルヴィアに向かい開いてみせた。

 

「いえ、実は……」

 

 

 シルヴィアの表情が硬くなっているのは、これから伝えようとしている命令の内容によるものばかりではない。ただリーナの奇行は、彼女に対するシルヴィアの罪悪感を薄れさせてもいた。お陰で押し付けられた仕事を遠慮なく果たせそうだ、とシルヴィアは思った。彼女は懐から航空券を取り出した。

 

「参謀本部の命令です、総隊長殿。ホノルルへ向かってください」

 

「……ええっ!? 私、戻ってきたばかりですよ!」

 

 

 首を傾げてシルヴィアの手元を覗き込んでいたリーナが大きく一度瞬きして、仰け反るようにシルヴィアの顔を見上げ、驚きの声を上げた。

 

「いったい何の任務ですか!?」

 

「さぁ? 詳しくは向こうの司令部で通達を受けてください」

 

「せめて、少し休ませてください!」

 

「ホノルルでは少しくらい休めるのではないかと……」

 

 

 リーナの言い分は最もなものだったが、シルヴィアはいい加減な答えを返すだけでまともに相手をしない。カートに積まれている、殊更日本の風俗を強調した――日本の事をよく知らないアメリカ人は誤解を膨らませてしまいそうな土産物の中からスーツケースを取り出して振り返り、シルヴィアは手で合図を送った。壁際に控えていた空港の職員に変装した軍人が四人、歩み寄ってくるが、リーナは彼らに気付いていない。

 

「そんなの分からないじゃないですか!」

 

 閉じた扇子をシルヴィアに突き付けて抗議したが、シルヴィアは扇子をリーナの手から抜き取り、代わりに航空券を握らせた。

 

「えっ?」

 

 

 まさかシルヴィアがこんな強引な真似をするとは予想しておらず、リーナの意識が展開に追いつかない。

 

「すみません、リーナ」

 

「シルヴィ……? えっ?」

 

 

 虚を突かれリーナの抵抗が止む。その隙に乗じて、空港職員の格好をした軍人がリーナを左右から押し包む。リーナのスーツケースも、彼らの一人が持った。

 

「シルヴィ!? 待って! ちょっと……」

 

 

 体格の良い男たちに埋もれ、リーナが出発ゲートに連行されていく。シルヴィアはそれを笑みで見送っていたが、ふと思いついてリーナから取り上げた扇子を広げた。ひらがなで「あっぱれ」と書かれた扇子がひらひらと振られる。

 

「いってらっしゃい。あっ、お土産ありがとうございます」

 

 

 シルヴィアが浮かべたさわやかな笑みには、大役を果たした達成感がにじみ出ていた。USNAで最高の戦闘力を持つ魔法師を集めたスターズの恒星級隊員が、誰一人拾おうとはしなかった火中の栗だ。「大役」と表現しても過言ではないだろう。無論、そんな事はリーナにとって、知った事ではない。

 

「シルヴィの、薄情者ーー!」

 

 

 これはリーナの、嘘偽りない心の叫びだった。




シルヴィの出番、これで終わり……

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