遥と怜美に同居を認めると宣言してきた深雪は、自分のクラスに到着するなり腹立たしい会話を耳にした。
「九校戦が中止になるかもしれないってよ」
「俺も聞いた。なんでも司波達也の所為なんだろ?」
「あいつのお陰で勝ててたのは否定しないけど、やりすぎたんじゃね?」
「まだ噂の範疇だろ? 実際に中止になったわけじゃないのに、犯人捜しはどうなんだ?」
「でも、俺たちにも噂が流れてくるくらいなんだぜ。もう中止で決まりなんじゃないか? この時期になって未だに競技が発表されてないのも、この噂が真実だって言われてる理由だしよ」
「てか、元二科生のアイツだけを出場禁止にして、普通に開催してくれればいいだけじゃねぇの? 俺たちにとって最後の九校戦になるわけだし、アイツの所為で中止にされたんじゃ溜まったもんじゃねぇしよ」
達也の悪口で盛り上がる男子の集団に怒りを覚えた深雪は、ゆっくりとその集団に近づこうとして――
「深雪、おはよう」
「雫……おはよう」
――雫に大声で話しかけられ、とりあえず進撃を中止した。
「し、司波さんっ!? おはようございます」
「おはようございます。ところで、何の話で盛り上がってたんですか? 差し支えなければ私も聞かせてもらいたいのだけど?」
「た、大した話ではありませんので!」
深雪に話しかけられる事は、普段であれば飛び上がって喜ぶ事なのだが、今ばかりはそんな気持ちにはなれない。そもそも達也の所為ではないという事はこの男子たちも分かっているのだが、明確な犯人を仕立て上げた方が気持ち的に楽だという理由だけで達也を悪者にしていたのだから、深雪にそんな話をすればどうなるかは、彼らだって理解しているのだ。
「達也様のお名前が聞こえたような気がしましたが、私の気のせいでしょうか?」
「き、気のせいです! では、僕たちはこれで」
逃げるように深雪の前からいなくなった男子たちを見て、雫が盛大にため息を吐いた。
「未だに達也さんの実力を認めようとしないなんて滑稽だよね。今では実技試験の結果も真ん中より上になってきて、総合順位で負けてる一科生もいるくらいなのに」
「ありがとう、雫。もう少しで氷像を作るところだったわ」
「自業自得だとは思ったけど、深雪が魔法を使えば達也さんに迷惑をかける事になるって知ってたから」
「何とか我慢しようとはしたんだけど、さすがに看過出来ないって思っちゃって」
「私も許せないとは思ったけど、実力が足りない連中が達也さんを僻んでるだけだからって言い聞かせた。ほのかなんて、今にも殴り掛かりそうな勢いだったんだから」
「そ、そんな事ないよっ!?」
そもそもほのかの細腕で殴り掛かったところで、相手にダメージを負わせるどころか自分の腕を痛めるだけなのだから、ほのかがそんな愚かな行為をするはずがない。それは雫も良く分かっているのだが、それくらい男子たちに怒りの感情を懐いていたと表現したかったのだ。
「噂がだんだんと広まりつつあるようね」
「まだ正式に発表されたわけじゃないのに、周りがこれだけ中止になるって言ってたら、運営本部もこれ幸いと中止にしちゃうかもしれないのに」
「そこまで考えられる人ばかりではないのでしょ。誰もが皆、達也様のように思慮深いわけではないのだから」
「普通の高校生が、達也さんみたいに物事を考えられるわけがないよ」
「分かってるけど、やっぱり皆が中止とか言い出しちゃったら、本当になっちゃうかもしれないじゃん。さっきの話じゃないけど、私たちにとっては最後の九校戦なわけだし、達也さんの不敗神話もあるわけだし、何としても開催してもらいたいじゃない」
「確かに、達也様の不敗神話は完結させるべきでしょうけども、こればっかりは私たちではどうしようもないわ。運営本部の決定に逆らったところで、会場が無いんだし」
「深雪の力で何とか出来ないの?」
「私にそこまでの権力は無いわよ」
雫は『四葉の力で』という意味で言ったのだが、深雪はそうとは受け取らなかったようだ。まぁ、正しい意図を受け取っていたとしても、答えは同じだっただろうが。
「とにかく今は、不確定な情報で盛り上がる事はせず、開催されることを願いながら準備しておきましょう」
「競技が発表されないことには準備も出来ないけど、実力を磨く事は出来る」
「ましてや今年はいろいろと特殊な状況ですものね。ライバルが同じ教室で授業に参加しているわけですし」
深雪と同じように男子たちに冷ややかな視線を向けていた三高女子グループに一瞬だけ視線を向けて、深雪はすぐに視線をほのかと雫に移した。
「自力を高めるという意味では、リーナという最高の対戦相手がいるわけだし、その点は問題ないよ」
「達也さんといつでも相談出来るわけだし、自分の何処を磨けばいいのかアドバイスも貰えるしね」
「そういう事。私も達也様にアドバイスを貰って自分を高めていたのだから、雫やほのかもそれをすればもっと強くなれるはずよ」
「深雪だって、九校戦の準備って名目なら、あの家に泊まりやすくなる」
「そうね……それが出来れば良いわね」
中止が濃厚となってきている事は、深雪も重々理解している。なのでその名目であの家で生活しようなんて考えは、彼女の中には存在していないのだった。
死んでもおかしくないな……