劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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彼女も意外と頑固ですから


深雪の覚悟

 生徒会室に戻った達也が見たものは、深雪の怒りを必死にこらえている姿だった。事情は遥から聞いているので深雪が何に怒っているのかは知っているが、そこまで怒ることなのだろうかと達也は感じていた。

 

「つまり、お二人は愛人という立場なのに、達也様と同居したいと仰るのですね?」

 

「自分たちが貴女たちより立場が下だってことは理解しているし、司波さんが一緒に暮らせていないのに図々しいお願いをしてるって事も理解してる。でも、私たちだって四葉家御当主から正式に認められているの。それくらいは許してくれないかしら」

 

「それでエリカやスバル、エイミィたちのところに行き、全員から『私に聞いて』と言われたわけですか」

 

「えぇそうよ。自分たちは貴女の判断に従うと言っていたわ」

 

 

 既に同居してる面々からすれば、今更二人増えたところでといった感じなのだろうが、婚約者でありながらあの家で生活出来ない深雪からすれば面白くないことだろうという事は、他のメンバーにも十分伝わっている。だから深雪に判断を任せたのだろうと、同じ立場の雫とほのかはそう感じていたが、達也は別の考えを見抜いていた。

 

「(達也さま、千葉様方は面倒事を深雪様に押し付けたのでしょうか?)」

 

「(恐らくはな。自分たちが判断して深雪の怒りを買うくらいなら、最初っから深雪に一任した方が安全だと考えたんだろう)」

 

「(その所為で一高が消えてなくなるかもしれないとは思わなかったのでしょうか?)」

 

「(さすがの深雪も、そこまではしないだろうし、どうせ俺が何とかするだろうとか考えたんだろ)」

 

「(そういう事でしたか。漸く納得が出来ました)」

 

「(それで納得されるのも甚だ不本意だがな)」

 

 

 深雪が暴走しても達也がいる。それだけで絶対的な安心を得られると理解した水波は、大きく一度頷いてから達也から離れ待機する。一方の達也は、深雪が暴走するかもしれないという事を水波が受け入れている事に呆れ、盛大にため息を吐いたのだった。

 

「そもそも、そのような事は私にではなく達也様か叔母様にお伺いを立てるのが筋ではありませんか?」

 

「司波君にはお願いしたんだけど、他の婚約者の子たちが納得したらって条件を出されたのよ。それに、ご当主様にはそう簡単にお会いできるわけないでしょ? それは司波さんが一番分かってるはずよね」

 

「ではどうやって叔母様にお会いになって、愛人という立場を認めてもらったのでしょうか?」

 

「葉山さんっていう人が教えてくれたのよ。まぁ、あれは教えたというより、楽しそうだったからわざと漏らしたって感じだったけど」

 

「そういう事でしたか」

 

 

 葉山がこの二人ならと判断して真夜に会わせたのかと、深雪は内心でため息を吐いた。そもそも真夜が二人を愛人と認めてしまっているのだから、自分がとやかく言ったところでその関係は覆せないと理解したからだ。

 

「そもそもお二人は、愛人という事がどういう事か理解しているのですか?」

 

「身体だけの関係って事でしょ、それくらいは知ってるわよ。でも司波君との関係はそうじゃない。彼はまだ誰とも肉体関係を結んでないんだから」

 

「小野先生、三矢さんがそろそろ限界なので、直接的な表現は控えてください」

 

「あら、意外と初心なのね。彼氏がいるっていうのに」

 

「下品です」

 

 

 達也にバッサリと斬り捨てられ、遥は一度肩を竦めてから深雪に向き直った。一方の詩奈は、顔を真っ赤にして頭から湯気を出して口をパクパクさせていたのだった。

 

「それじゃあ三矢さんを考慮していうけど、特別なつながりはまだ誰もないのだから、愛人って立場でも一緒に生活しても良いじゃないの。そもそも、司波さんが私たちを認めたくない理由は、自分が一緒に生活出来てないないのに愛人の私たちが、って事でしょ? それなら元々司波君と一緒に住んでた時間はどうなるのよ? それがあったから司波さんは今、一緒に生活してないんでしょ?」

 

 

 そこを突かれると深雪は何も言えなくなってしまう。あの家での同居を認めさせる代わりに、自分は新居に引っ越さないという事になっているのだから仕方がないが、それでも反論しようと言葉を必死に探す。

 

「それだったら、こういうのはどうかしら」

 

「何でしょう、安宿先生」

 

 

 ずっと遥に任せていた怜美が、妙案を思いついたという感じで口を開き、深雪は冷静さを装って怜美に視線を向けた。

 

「深雪さんも一月に一日か二日、あの家で生活させてもらえるようにすれば、今のイライラも解消するんじゃないかしら」

 

「ですが、今の家を留守にするわけにはいきませんので」

 

「その日くらい、四葉家の人にお願いすれば良いんじゃないの?」

 

「他の人が納得するでしょうか」

 

「私たちの事を深雪さんに委ねてるんだから、今更口は挿ませないわよ。というか、達也さんがそれを認めてくれれば、他の人は何も言えないんじゃなくて?」

 

 

 悪魔のささやきのような甘美な言葉に、深雪の決心がぐらつく。彼女は覚悟を以て別居を選んだというのに、このままではその覚悟が崩壊してしまいそうだった。

 

「……分かりました。お二人の同居は認めます。ですが、達也様に手を出す事は認めません」

 

「それで結構よ。一緒に生活するだけで、今は満足だから」

 

 

 断腸の思いで同居を認めた深雪は、泣きそうな顔で達也を見詰め、そして小さく頷いたのだった。




血涙流してそう

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