そろそろ生徒会業務が終了する時間なので、達也は生徒会室に戻ることにした。結局暇つぶしらしいことは何も出来なかったが、意外と退屈しなかったなどと思いながら生徒会室に入ると、何故か香澄が雫相手に土下座をしていた。
「何があったんだ?」
「風紀委員会の端末を床に落としちゃったらしいんです。壊れたかもしれないからって、北山先輩が香澄ちゃんにお説教してるところなんです」
「その端末、ここにあるのか?」
「はい、こちらになります」
泉美から端末を受け取った達也は、まず端末が正常に立ち上がるかを調べ、そこから風紀委員会のデータを呼び起こして問題がないかチェックを始める。
「司波先輩が風紀委員の情報を見るのは問題ないのでしょうか?」
「達也様は元々風紀委員所属だったから問題ないんじゃない? もちろん、見てはいけないデータは見ないでしょうけども」
「見てはいけないデータとは?」
「そんなものがあるとは私も思ってないけど、万が一あったとしても達也様なら見ない、という事よ」
深雪の説明で納得したのか、泉美はそれ以上何も言わずに達也の作業を眺めていた。一応自分のCADの調整くらいは出来るのだが、ああいった端末の調整などは出来ないので、これを機会に技を盗もうとしているのかもしれない。
「雫、一応問題なく動くし、データも飛んでないからそれくらいにしてやれ」
「達也さんがそう言うなら。でも香澄、端末を粗末に扱うのはダメだからね。壊れなかったから良いものの、壊れてたら大変だったんだから」
「はい、申し訳ありませんでした」
もう一度深々と頭を下げて、香澄は漸く土下座から立ち上がり椅子に座った。
「それにしても、どうやったら端末を落とせるんだ?」
「報告が済んで一息入れようと気が緩んでたみたいです」
「自分が大切なものを持っているという自覚が足りないんだよ、香澄は」
まだ怒りが収まっていないのか、香澄に対する言葉に棘が残っている雫に対して、達也とほのかは顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「雫、達也さんが問題ないって言ってくれたんだし、そろそろその態度を改めたら?」
「問題なかったからといって、香澄の行動が正当化されるわけじゃない。暫くは厳しい目を向けておかないと、また同じミスをする」
「厳しいね、雫は」
「ほのかが優しいだけで、私はこれが普通だと思う」
「そうね。私も雫と同じようにするかもしれないわ」
雫の味方をした深雪だったが、その表情は柔らかいものだった。本気で雫を支持するのではなく、ただ単に会話に加わっただけのようだ。
「でも、生徒会メンバーならそんなミスしそうにないよね? 双子だけど、泉美がそんなミスするとも思えないし」
「深雪お姉さまに叱っていただけるのでしたら、いくらでもミスしますが」
「わざとミスするようなら、今後泉美ちゃんは生徒会役員から外れてもらう事になるけど」
「そ、そんなことしませんのでご安心ください」
ニッコリと笑いながら宣言する深雪に、さすがの泉美も一瞬たじろいでしまった。だがそれでも深雪に対して熱い視線を送っている泉美は、やはりどこかおかしいのかもしれない。
「終わりました。先輩方、お待たせして申し訳ございませんでした」
「いいえ、詩奈ちゃんが悪いわけじゃないのだから、気にする必要はないわよ。そもそも、まだ最終下校時間には程遠い時間なのだから」
「それだけ先輩方の仕事が早いわけですよね。私も早くそれくらい出来るようにならないと、皆さんの時間を奪ってしまってるわけですし」
「問題ない。こうしてお茶の時間になるだけだから」
「雫は生徒会役員じゃないじゃないの」
詩奈の謝罪に対して答えた雫に、深雪が笑いながらツッコミを入れる。ちなみに、今日お茶を用意したのは水波ではなくピクシーである。
『マスターも飲まれますか?』
「いや、結構だ」
『かしこまりました』
「達也さん、カフェで時間を潰してたの?」
「よく分かったな」
「だって、達也さんからコーヒーの匂いがするから」
達也の身体に鼻をくっつけて匂いをかぐ雫を見て、深雪とほのかは一瞬嫉妬したが、なんとなく微笑ましい光景だったので自分の気持ちを落ち着かせた。
「少し小野先生と話していただけだ」
「小野先生と? でも達也さんは、授業中に呼び出されて話してたんじゃないの?」
「それとは別件の話だったんだが、あまり実が無かったので早々に切り上げて戻ってきたんだ」
「そういえばさっきエリカから『小野先生に頼みごとをされた』ってメッセージが着てたわね」
「エリカにお願い? 何のはなしだったんだろう」
「私はエイミィから同じ内容のメッセージが着てた。でも何のお願いかは教えてくれなかった」
「雫も? あっ、私のところにはスバルからメッセージが着てる。でも、こっちは小野先生じゃなくて安宿先生からだって書いてある」
「達也さま、なんだか心当たりがありそうですが」
「さぁな。そもそも俺には直接関係ない話だから、首を突っ込むのは止めておく」
「そうですか。ですが、恐らく達也さまが原因だと思うのですが」
何となく二人の用件に心当たった水波は、達也に対して責めるような口調で問いかけたが、達也はそんなことは気にせずに何処か遠くを見ていたのだった。
いろいろな人に交渉中