劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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――になってるのか?


励まし

 訓練とはいえ真っ向勝負で達也に負けたリーナは、道場の端でしょんぼりと俯いていた。

 

「隣、よろしいかしら?」

 

「貴女、確か一色さん」

 

 

 そのリーナの隣に腰を下ろした愛梨は、珍しく一人だった。リーナの印象としては、何時も栞や沓子、香蓮を引きつれているイメージだったので、彼女が一人で行動している事が彼女に顔を上げさせた要因だった。

 

「完敗でしたわね」

 

「わざわざ傷口に塩を塗りに来たの?」

 

「そんな意地の悪い事はしませんわよ。そもそも、私たちの誰かが言わなくても、リーナさんが一番分かっている事でしょうし」

 

「手も足も出なかったわ……しかもあれが本気じゃないなんて、どれだけ強いのよ達也は」

 

「達也様の魔法を使えば、恐らくここにいる誰もがいなくなってしまうでしょうから、訓練で使う事はないでしょうね。もちろんそれが無くても達也様が強いことには変わりないのですが」

 

「前にも戦った事があるけど、あの時以上に強くなってる気がするわ」

 

 

 吸血鬼騒動の顛末は、愛梨も何となく聞いているので、リーナが何時達也と戦ったのかは知っていた。だがその時も完敗したという事は知らなかったので、少し驚いた表情を浮かべる。

 

「前回戦われた時は、達也様にもリーナさんにも何の制限もかけられていない時ですわよね? その時よりも今の方がお強いと?」

 

「あの時の達也は、四葉家の関係者であることを公表してなかったから、そっちで制限がかけられていたのよ。それでもあの強さだったんだから、秘密をある程度公表した後の達也の方が強いと感じるのは当然だと思うけど」

 

「私たちが見た事あるのは、あくまで競技でしたから、実戦で感じた達也様の強さというのは、やはり格別なのでしょうね」

 

「私は逆に、競技で戦う達也を見たこと無いから、それがどの程度なのか気になるわね」

 

「今思い返せば、あの時達也様は自己修復術式を使われていたのですね」

 

「競技中にそんな事がありえるの? 私が聞いた限りでは、威力に制限がかけられているはずだけど」

 

 

 リーナの言う通り、九校戦には魔法の制限やハードのスペックに制限があるのだが、愛梨は当時の事をリーナに話し始める。

 

「ウチの学校と達也様率いる一高が、新人戦モノリス・コードの決勝カードでした。当時達也様が四葉家のお方だと知らなかった一条は、何としても新人生モノリス・コードの優勝だけはもぎ取ろうと躍起になっていたのです。後衛だった西城さんと吉田さんを吉祥寺が倒したことで油断した一条の目の前に、達也様が猛スピードで接近したのを受けて、一条の阿呆は競技中だという事を忘れて、本気の圧縮空気弾を二十数発展開したのです」

 

「二十数発……そんなに放たれたらさすがの達也も死んじゃうんじゃないの?」

 

 

 リーナの疑問に、愛梨は黙って首を左右に振る。

 

「達也様の反射神経を以てすれば、ニ十発までの圧縮空気弾を撃ち落とす事は可能でした。ですが術式解体は効率の悪い魔法ですので、後数発撃ち落とす事が敵わず直撃したのです」

 

「そんな時でも、術式解散や雲散霧消を遣わなかったなんて、どれだけ四葉家との繋がりを悟られたくなかったのよ」

 

「分解を気にしていたのは四葉家ではなく国防軍の方だったのですがね。まぁその結果達也様は吹き飛ばされ、本来なら大量に血を吐いて最悪は……」

 

 

 そんなことが無いと分かっているはずなのに、愛梨はその先の言葉を呑み込み、静かにリーナから視線を逸らした。

 

「そんな事になったという事は、三高は失格で一高が優勝したの?」

 

「いえ、一瞬の事でしたし、次の瞬間には達也様は回復し、指を鳴らした音を増幅して一条を倒しましたから」

 

「達也の自己修復術式は、私でも認識出来なかったものね……たとえ十師族の御曹司とはいえ、視認出来なくて隙だらけだったという事かしら」

 

「それもあるのでしょうけど、一番はルール違反をしたと自分が分かっていたから、という事だと思いますわ。普通の相手なら、一条は今頃普通に生活出来てなかったでしょうし」

 

「まぁ、仕事や戦争でしたことじゃないものね……高校生の競技会でそんな事になれば、世間からの風当たりや警察の厄介になってたりしたでしょうし、実は四葉家の御曹司だったと来れば、一条家はおとりつぶしになっててもおかしくないわね」

 

「四葉家御当主が、全力を以て一条家を潰しにかかったでしょうね……もちろん、司波深雪も一緒になって一条を攻めたでしょうから、夏なのに石川は雪塗れになっていたかもしれません」

 

 

 愛梨の冗談ともとれる言葉に、リーナは漸く笑みを浮かべた。

 

「深雪の強さも実際に体験した事があるから分かるけど、深雪を怒らせちゃダメよ。あれも普通の人間が対抗出来る相手じゃないもの」

 

「そんなに強いのですか? まぁ、インフェルノやニブルヘイムは実際に受けたら大変なんでしょうけど」

 

「大変なんてレベルじゃないわよ……下手をすれば死んでたんだからね、私は」

 

「そうなのですか?」

 

「達也が止めてくれなかったら、あの時間違いなく死んでたわね」

 

「つまり、リーナさんは達也様に命を助けられたから、婚約者になったと?」

 

「それだけじゃないけどね。実際に好きになったから婚約者になったところが大きいけど、他の理由もあるのは否定しないわ」

 

 

 リーナの含みのある答えが気になった愛梨ではあったが、ここでは深く問いただす事はしなかったのだった。




次元の違いは分かったかな……

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