劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也がいないと駄目だな……


好物の話

 必要なものをすべて買い終えた深雪は、楽しそうに話す泉美と水波を見て、少し寄り道をしようと提案した。

 

「少しお茶でも如何かしら?」

 

「深雪お姉様とでしたら、何処へでもお供しますわ!」

 

「大袈裟よ。水波ちゃんは?」

 

「私は深雪様が行くと言えば、何処へでもお付き合いいたします」

 

「今は水波ちゃんの主としての提案ではなく、一人の知り合いとして聞いてるのだけどね。それじゃあ、何処にしようかしら」

 

 

 辺りを見回し、丁度いいカフェを見つけた深雪は、泉美と水波を引き連れて店の中に入る。

 

「いらっしゃいま――」

 

 

 扉のベルに反応して入店の挨拶をした店員は、その挨拶の途中で言葉を失った。

 

「三人ですが、何処の席を使えばよろしいでしょうか?」

 

「はっ、はい! こちらでございます」

 

 

 水波に問い掛けられて漸く、店員の時間が動き出す。泉美からすれば当たり前であり、深雪からすれば「またか」という感じなのだが、この店員にとっては初めての経験だっただろう。

 

「こちら、メニューになります。ご注文がお決まりになりましたら、そちらのパネルを操作してください」

 

「ありがとうございます」

 

 

 深雪が笑みを浮かべて一礼すると、再び店員はぎこちない動きになった。だが何とか店員としての務めを全うして、彼はテーブルから離れていく。

 

「やはり深雪お姉様のお美しさに目を奪われない男性などいないのですわね」

 

「別にそこは気にしませんが、店員としての仕事が出来なくなるのは困りますね。達也さまがいて下さればすぐに現実に復帰していただけるのですが」

 

「こればっかりは仕方ないわよ。昔からあんな感じの人が多かったから」

 

 

 深雪にとっては日常茶飯事なので今更なんとも思わないのだが、水波からすれば仕事放棄をされるのは気に入らないのだ。

 

「さて、なにを飲みましょうか」

 

「私はこのロイヤルミルクティーにしようと思いますわ」

 

「美味しそうね。私もそれにしようかしら」

 

 

 泉美と同じものを注文しようと深雪が言うと、それだけで泉美は嬉しそうな笑みを浮かべていた。泉美の反応に若干呆れながら、深雪は水波に視線を移す。

 

「水波ちゃんは何にするのかしら?」

 

「私はコーヒーを」

 

「それじゃあ注文するわね」

 

 

 深雪がパネルを操作して注文をすると、泉美が申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「私がするべきでしたのに、深雪お姉様にはお手数をお掛けしました」

 

「これくらいで大袈裟よ。それに、私が一番近かったんだし」

 

「深雪お姉様にご注文させてしまうなど、七草泉美一生の不覚」

 

「水波ちゃん、どうしようかしら……」

 

「私には判断いたしかねます」

 

 

 泉美が本気で嘆いているのを見て、深雪は水波に助けを求めたが、水波は自分では何とも出来ないと首を左右に振る。

 

「お、お待たせいたしました」

 

「ありがとうございます」

 

 

 再び挙動不審になりながらも、しっかりと飲み物をおいていった店員を笑顔で見送り、深雪は泉美の前にロイヤルミルクティーを置く。

 

「泉美ちゃん、そろそろ復帰してくれると助かるんだけど」

 

「申し訳ございません! あ、あら? いつの間にお茶が来ていたのでしょうか」

 

「ついさっきよ」

 

「もしかして、再び深雪お姉様にお手数をおかけしてしまったのでしょうか」

 

「今回は水波ちゃんが受け取っておいてくれたから大丈夫よ」

 

 

 本当は深雪が受け取り、深雪が置いたのだが、泉美はその事を認識していなかったので、深雪はとっさに嘘を吐いて泉美を落ち着かせる。水波は何か言いたげな視線を深雪に向けていたが、ここで本当のことを言えばまた泉美が暴走すると分かっているので、ぐっと堪えている様子だった。

 

「それではいただきましょうか」

 

「そうですね。水波さん、お砂糖やミルクは使わないのですか?」

 

「はい、私はブラックで大丈夫ですので」

 

「女子高生らしくないでしょ? 達也様の影響かしらね」

 

「司波先輩はブラックが似合いますからね。逆に深雪お姉様は、紅茶などがお似合いだと思います」

 

「私もコーヒーは飲むけどね。達也様や水波ちゃんみたいに、なにも入れないで飲むのはちょっと厳しいわね」

 

「お姉さまや香澄ちゃんもですし、私もブラックでは飲めませんわ。ですから、ブラックで飲める水波さんが少し羨ましく思えます」

 

「好みは人それぞれですから、無理にブラックで飲む必要は無いと思います」

 

「摩利さんも似たような事を仰られておりましたし、やはりあのような雰囲気が無いとブラックは似合わないのかもしれませんね」

 

「あら、泉美ちゃんは私が子供っぽいと思っているのかしら?」

 

 

 深雪としてはちょっとした冗談だったのだが、彼女が思ってた以上に泉美が慌て始めたので、すぐに冗談だと告げる。

 

「そこまで慌てられると、本当にそう思われてるのかと思ってしまうわよ」

 

「も、申し訳ございませんでした。ですが、深雪お姉さまは何をお飲みになられても似合ってると思います」

 

「深雪様はケーキなどの甘い物がお好きですので、この苦みが少し辛いのかもしれませんね」

 

「私、それほど甘い物好きなつもりは無いのだけど」

 

「ですが、ケーキを前にすると、いつも以上にご機嫌になられる傾向があります」

 

「それは否定しないわね。でも、あまり食べ過ぎると太っちゃうのよね」

 

「深雪お姉さまが太るとは思えませんが」

 

 

 一応気にしているのだが、深雪は遺伝上それほど太りやすくはないのだ。だから泉美が言ったように太る心配などしなくてもいいのだが、そこは年頃の女子として気をつけなければいけない事だと深雪は自分に言い聞かせているのだった。




こうしてみると普通の女子高生に見えなくもない……

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