劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ほのぼのとは程遠い……


美月の朝

 目を覚ました美月は、見覚えのない天井に一瞬戸惑いを覚えたが、すぐに達也たちの新居に泊まった事を思い出して落ち着きを取り戻した。

 

「そっか…昨日は達也さんの誕生日パーティーでこの家に泊まったんだっけ……?」

 

 

 何か重要な事を忘れているような気がして、美月は首を傾げる。しかし寝起き頭の所為か思考が上手く働かず、なにを忘れているのかが思い出せない。

 

「何を忘れてるんだろう……とりあえず顔を洗って着替えれば思い出すかな?」

 

 

 この部屋にも最低限の洗面台がある為、わざわざ顔を洗いに部屋から出る必要がない。美月は自分の部屋もこれくらいならいいのにと思いながら顔を洗う。

 

「もう四月も終わりだけど、まだ水が冷たいな」

 

 

 冷水で顔を洗いスッキリしたところで、美月は自分が何を忘れていたかを思い出した。

 

「そ、そうだ……昨日私、吉田君に告白されたんだった……」

 

 

 何でそんな重要な事を忘れていたんだろうと、美月は自分の頭を軽く殴る。

 

「今になって吉田君と顔を合わせるのが恥ずかしくなってきた……でも、吉田君もこの家に泊まってたんだから、朝食の席とかで顔を合わせるだろうし、エリカちゃんたちのことだから、私と吉田君を隣同士に座らせたりするだろうし……」

 

 

 高校に入ってからの付き合いだが、美月はエリカの性格を把握しており、その行動もある程度分かるようになってきている。分かってはいるのだが、それを防ぐ術が分からないので、入学当初からエリカにからかわれ続けているのだが……

 

「達也さんに相談すれば何とかしてもらえるかな? でも、そんなこと相談して達也さんにおかしなヤツだって思われたりしたら困るし……何より、そんなことして吉田君に変な誤解をされるのも困りますし……」

 

 

 美月は幹比古が嫌いなわけではなく、むしろ好きだから困っているのだ。彼氏彼女になったからといって、自分たちの関係が急激に変化するわけでもないし、幹比古もそれで構わないと言ってくれると分かっている。だが周りが煽る事を楽しむようなメンバーなので、出来る事ならそっとしてもらいたいからこそ、こうして頭を悩ませているのだ。

 

「というか、ここにいる人の殆どは、私たち以上に進んでる人たちなのに、どうして私の事をからかうのでしょうか……自分たちがからかわれたらどう思うか、分かってないとも思えませんし……」

 

 

 着替えを済ませて考えをまとめようとベッドに腰を下ろした美月だったが、中庭から何か声が聞こえてきたのに気が付いてカーテンの隙間から外を眺める。

 

「あっ、吉田君とエリカちゃん。それと達也さんも……みんな早起きですね」

 

 

 美月も十分早起きに分類されるであろう時間に目覚めているのだが、外の三人はそれ以上に早い時間から起きているのだから、その感想も仕方がないのかもしれない。もちろん起きているのは彼ら三人だけではなく、キッチンでは深雪と水波が朝食の準備を進めているのだが、生憎美月には人の気配を探る術はない。

 

「何を話しているのでしょうか? よく見ると吉田君の顔が赤くなってるような気もしますけど、またエリカちゃんがからかっているのでしょうか?」

 

 

 美月から見ても、幹比古はからかいやすい部類に入る。だが人をからかって快感を得るような悪趣味を持ち合わせていない美月は、幹比古に同情を覚える。

 

「吉田君もですが、私もエリカちゃんにからかわれるのかなぁ……」

 

 

 元々幹比古との関係を疑われてからかわれていたのだから、今更付き合った事でからかわれるのを気にしてもしょうがないのだが、美月からしてみればエリカの方が先に進んでるのだから、付き合い始めた自分たちの事をからかう事など意味がないのではないかと思ってしまうのだった。

 

「たぶんだけど、エリカちゃんは達也さんとき…キスした事あるんだろうし、昨日の夜付き合う事を決めた私たちが何かをしてると思ってるのかな?」

 

 

 誰に聞かれているわけでもないのに、美月は「キス」という単語を口にする事を躊躇った。エリカと達也がキスをしている場面を見たことがあるわけではないのだが、何故かその光景を鮮明に思い浮かべる事が出来、そしていつの間にかその光景の二人は自分と幹比古に入れ替わって、美月は慌てて立ち上がり腕を左右に振って自分の考えを何処かに霧散させようとする。

 

「わ、私は何を考えているのでしょうか!? そんな、私と吉田君が……っ!?」

 

 

 再びその光景を妄想してしまい、美月の顔は未だかつてないくらい真っ赤に染めあがり、慌てた所為かベッドの脚に自分の足をぶつけて転んでしまう。

 

「いたた……」

 

『柴田様、何やら大きな音が聞こえましたが、何かありましたでしょうか?』

 

「い、いえ……大丈夫です」

 

『然様ですか……何かありましたら、遠慮なくお申し付けくださいませ』

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 先ほどからバタバタしていた所為か、キッチンにいた水波にまで心配をかけてしまったと、美月は自分の行動を反省する。

 

「それにしても、桜井さんもやっぱり達也さんの関係者だけあって凄いですね。部屋の中の私の事を見ていたようなタイミングで現れるし……達也さんのように気配に敏感なのでしょうか?」

 

 

 美月は達也が気配でなく存在を探っているのだという事を知らない為にそんなことを考えたが、とりあえず周りに迷惑をかけるのは止めようと決意し、部屋から中庭に降りる事にしたのだった。




一人で慌てる美月を想像すると、ちょっぴり気分がほっこりしました

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