中庭で身体を動かしながら、エリカは昨日の事を思い返していた。前々からお似合いだとは思っていたし、実際に付き合えばいいのにと思っていたのだが、ああして実際に付き合われると、どう反応して良いのか困ってしまうのだ。
「随分と雑念が混ざってるようだな」
「あっ、達也くん……おはよう」
達也が背後まで接近しても気づかないくらい考え事に集中していたエリカだが、突然声をかけられてもさほど驚いたりはしない。それだけ達也の気配が掴みにくいということと、達也相手に驚いても仕方がないという一種の諦めの境地に達しているのだ。
「達也くんはさ、友達同士が付き合い始めたらどう思う?」
「美月と幹比古か? エリカは前から二人に『付き合えばいいのに』とか言っていただろ?」
「からかうのと祝福するのでは勝手が違うのよ……次兄上の時だって、本当はお祝いしようと思ってたんだけど、相手があの渡辺摩利だって知って冷たい態度を取っちゃったし、和兄貴は相手がいないからよく分からないし……家族でも上手くできなかったものを、友達相手に上手くできると思えないのよ」
エリカの複雑な心裡を聞いた達也は、エリカも悩んでいたのかと失礼な事を思いながらも、寂し気な表情を浮かべているエリカの頭を撫でる。
「桐原先輩と三十野先輩が付き合い始めた時はどうだったんだ?」
「普通に『おめでとうございます』って言って終わったわよ。あの二人はさーやの繋がりでの知り合いだから、それほど頭を悩ませることは無かったのよ」
「だったら幹比古たちにもそれで良いんじゃないか? 友達だからといって、特別な事をしなくても祝いたいという気持ちは伝わると思うが」
「そうかもしれないけどさ……今更ミキや美月に対して素直になるのが恥ずかしいというか……」
さんざんからかってきたからなのか、エリカは二人の事を素直に祝えなくなっているのかと、達也は撫でる手を止めてエリカを正面に見据えた。
「エリカなりに祝えば良いんじゃないか? 恐らく二人もエリカが素直に祝ってくれるなんて思ってないだろうしな」
「それって酷くない?」
「自業自得だろ。今まで散々からかってきたんだから、今更素直になられても気持ちが悪いとか思われるかもしれないぞ」
「酷いっ! それは酷いよ、達也くん」
エリカも達也が冗談を言って自分を励ましてくれていると理解しているからこそ、笑顔で達也の肩を軽く叩いて講義するだけに留めている。もし冗談じゃなかったら本気で酷い事を言っていると自覚している達也も、エリカの抗議を笑ってスルーしたのだった。
「とにかく、身体を動かしてる時にそんな雑念が混じっていては、まともな運動にならないからな。何だったら俺が付き合うが?」
「達也くんに付き合ってもらっても、あたしが得るものは少ないと思うのよね……そもそも達也くんレベルまで達してないから、吸収しようとしても無理だからさ。それに、そろそろさーやかミキが起きてくると思うから、どっちかに相手をしてもらうわ」
「幹比古相手で大丈夫なのか?」
「二人揃ってなければ大丈夫よ」
笑顔でそう告げるエリカに、達也も苦笑いを浮かべて頷く。そのタイミングで幹比古の気配が中庭に向かってくるのを、達也は感じ取っていた。
「おはよう達也、それにエリカ」
「おはよう。幹比古も朝は早いな」
「既に十分に身体を動かした後の達也に言われるのは複雑だけど、今日は疲れてたから何時もより遅いんだけどね」
「疲れてたって、もしかして美月といちゃいちゃしてたの? 人の家でやらしーわね」
「そんなんじゃないよ! そんなことを考えるエリカが厭らしいんじゃないのか!?」
「別にあたしは具体的な事は何も言ってないわよ? そ・れ・と・も、ミキは何を想像してあたしのことを責めているのか、具体的に聞いてもいいのかしら?」
「僕の名前は幹比古だ!」
顔を真っ赤にしながらいつも通りのやり取りをする幹比古を見て、どう考えてもエリカのペースに巻き込まれているのが達也には手に取るように分かった。確かにエリカの言う通り、美月がいなければどうとでも出来そうだと感じられるくらい、エリカはいつも通りなのだ。
「だいたいあたしの冗談を軽く流せないんじゃ、明日学校でからかわれた時どうするのよ? 美月の事を狙ってた男子はかなりの数いるんだからね?」
「別に付き合ってる事を言いふらすわけじゃないんだし、まだ知られてないんだからこっちから言う必要は無いじゃないか」
「甘いわね。女子っていうのは噂話が大好きなのよ? ましてやエイミィなんてその筆頭ね。そんな彼女がミキと美月が付き合い始めたことを知ってるのに、他の誰かに話さないと思うわけ?」
「く、口止めしておけばいいんだろ?」
「無理無理。人の口には戸が立てられないのよ? いくら口止めしたって思わず言っちゃうことだってあるでしょうし、ましてやエイミィだからね~」
幹比古の不安を煽るように次々と言葉を発するエリカの表情は、実に楽しそうなものだった。一方の幹比古はみるみる顔色が悪くなり、身体も動かしていないのに大量の汗を掻いている。
「エリカ、それくらいにしてやったらどうだ? 運動する前に幹比古が汗でびちゃびちゃになってきてるぞ」
「そうね。憂さ晴らしも済んだし、これくらいで勘弁してあげるわ。感謝しなさい」
「何で僕が感謝しなければいけないのさ……」
恨みがましい視線をエリカに向けた幹比古だったが、すぐに意味がないと理解して盛大にため息を吐いたのだった。
やはり哀れ幹比古……