真由美の返事を聞いてから、達也は一言も発していない。その事が気になって部屋から去る覚悟が出来なかった真由美は、じっと達也を見詰めていた。
「先輩は――」
「な、なにっ?」
「いえ、何時までここに留まるのかと思いまして」
「達也くんに信じてもらえたのは嬉しいけど、どうして達也くんがそこまで気にしたのかが分からなくて」
「四葉の秘密の一端を知っている先輩を気に掛けるのは当然だと思いますが」
達也の最もな答えに、真由美は頬を膨らませる。彼女が欲しかったのは、そんな当たり前な答えではなく、もっと色っぽいものだったのだ。
「達也くんって、分かっててはぐらかしてるの? それとも本当に朴念仁なの?」
「先輩が欲しかった答えがどんなものか知りませんが、それ以上答えようがないので仕方ないと思いますが」
「もうっ!」
「ところで先輩」
「何よ」
「先輩に一つ頼みたい事があるのですが」
先ほどとは違い真面目な表情を見せる達也につられて、真由美も居住まいを正す。なんとなくで聞いていい話ではないという事を感じ取ったというのもあるが、達也の雰囲気に中てられてしっかりしなければと思ったのだ。
「先輩にはこのまま疑わしい行動を取ってもらいたいのですが」
「どういう意味よ?」
「十文字家、そして十山家の動きがはっきりするまで、先輩には向こう側の情報を仕入れてもらいたいんです」
「十文字家は分かるけど、十山家? あの家は表には出てこないはずだけど」
「十山家の魔法師、十山つかさは『遠山つかさ』として国防軍情報部に所属しています。その遠山つかさは、俺と深雪にちょっかいを出す為にUSNAの工作員を捕縛し、違法薬物で正常な思考を奪い傀儡とし俺たちを襲わせました」
「何よそれ……」
聞かされた事があまりにも衝撃的だったのに加え、二十八家の一員が魔法師を道具のように扱っていたという事にショックを受けた真由美は、しばらく口を開けたまま固まった。
「と、十山家がそんな事をしていた証拠は?」
「リーナを通じてUSNAの人間に聞けば一発ですよ。俺は囚われていたUSNA兵を救出しましたから」
「……その事と十文字家はどうつながるの?」
「十山つかさを追い詰めた時、十文字克人が割り込んできました。十山家の使命を知っているから助けたのか、十山家から十文字家に要請があったのかは知りませんが、少なくとも十山家の情報を引き出すには十文字家を探るしか方法はありません。俺には十山家とのコネクションはありませんので」
「つまり、達也くんは私に十文字くんと親しくして、そこから十山家の情報を引き出せと言いたいのね?」
「必要とあらばこちらの情報も多少は流しても構いません。ただし、俺個人の情報ですけどね」
「達也くんの魔法特性は、十文字くんも何となく気づいてるだろうし、その程度なら構わないという事ね」
理解力は高いので、達也が全てを言わなくても真由美は達也が言わんとしている事を理解した。
「恐らく情報部の暴走だと国防軍は言い張るだろうし、手を貸すとも言わないだろうから、十文字克人の動きを知っておきたい。恐らくそれに合わせて十山つかさも動くだろうからな」
「つまり、十文字くんの味方のふりをして、達也くんに十文字くんの動きを伝えればいいのね?」
「国内外で面倒になりそうな動きがあるからな。先に手を打つことも考えたが、それでは十分なダメージを与えられない。だからあえてこちらが不利なように偽装する必要がある」
「相変わらず腹黒い事を平気で考えるのね。まぁ、そういう事なら今まで通り十文字くんと接するわ。摩利も巻き込めば、怪しまれることも無いでしょうし」
巻き込まれる摩利に達也は同情したが、真由美を止めようとは思わなかった。使えるものなら何でも使う、自分たちの自由を確立させるためには、多少の罪悪感など気にする必要はないと達也は思っている。
「それじゃあ、私はこれで」
真由美が達也の部屋を辞した後、少しの時間を置いて別の来客が部屋を訪れる。
「真由美さんは上手く動いてくれるかしら?」
「俺が疑っている事を知ってすぐに弁明に来たわけですし、これで演技だったら大したタヌキですよ。それこそ、先輩が嫌っている七草家当主以上の」
「こちらでも真由美さんの動きはチェックしておくけど、達也くんは基本的には真由美さんに任せる方針なのよね?」
「二度目は無いと釘を刺しましたから、後ろめたいことがあるならこの家に寄りつかなくなるでしょうし、そうなれば判断しやすいですから」
「……昔から知ってる子を消すのは止めたい気持ちがあるけど、ある意味自業自得だものね、これは」
達也の冷たすぎる口調から本気だと判断した響子は、真由美がこれ以上達也を――ひいては四葉家を刺激しなければいいと願った。
「それから、達也くんの思った通り、今回の件は情報部の暴走だと国防軍は四葉家に説明したそうよ」
「そうですか……一応中佐には断りを入れておいた方が良いでしょうね。何時までも付き合うつもりはありませんが、それなりにお世話になっているわけですし」
「そうね……」
人とのつながりをあっさり切り捨てられる達也の心が、響子には少し恐ろしく感じられた。だが自分も同じように一○一旅団を抜けるのだから達也のように非情にならなければいけないと、自分を叱責したのだった。
まぁ、克人は真由美にスパイをやれとは言ってませんが……