駅から学校までの間は、深雪が達也にべったりだったので誰も話しかけなかったが、教室についた途端愛梨が深雪に話しかけた。
「司波深雪、少しよろしいかしら?」
「一色さん? ここじゃ出来ない話かしら?」
「そうね、あんまり人に聞かせられない話ね」
「分かったわ。あまり時間がないけど、屋上でいいかしら?」
「そうしてもらえるとありがたいわね」
話がまとまり、深雪はほのかや雫に、愛梨は香蓮たちにアイコンタクトで少し席を離れる事をつげ、二人揃って教室から出ていった。事情を知らないクラスメイトたちは、深雪と愛梨で魔法大戦かと騒がしくなったが、二人に近しい人たちが落ち着いているのを見て、とりあえずは大丈夫だろうとすぐに収まった。
「何の話なんだろう?」
「後で深雪に聞けば? 少なくとも、ここで出来る話じゃないんだし」
「教えてくれるかな」
「内容によるんじゃない?」
詳しい事情は知らないが、深雪が心配しなくてもいいとアイコンタクトで伝えてきた以上、盗み聞きをしに行くわけにもいかない。ほのかはちらちらと廊下を見ていたが、雫が呆れた視線を向けると、恥ずかしそうに視線を窓側に移した。
一方愛梨が何の用事で深雪を呼び出したか見当がついている三高女子たちは、話し合いが無事に終わればいいと祈っていた。
「愛梨が司波深雪に相談するなんて思わなかった」
「深雪嬢は七草真由美嬢と付き合いがあったから、為人を聞き出そうとしているのではないかの? 愛梨もそれなりに付き合いはあったようじゃが、深雪嬢は一年間彼女の側で生活していたわけじゃし、愛梨よりも詳しいかもしれないじゃろ」
「そうかな? 確かに司波深雪は半年間、七草真由美が会長を務める生徒会で活動してたらしいけど、それほど親しい間柄じゃないんじゃないかな? そもそも達也さんを狙ってる一人だと思ってたわけだし、親しくなるとは思えない」
「まぁ、収穫無しでも良いんじゃないですかね。逆に収穫があった場合、愛梨は本気で七草真由美を疑ってかからなければいけなくなるわけですし」
「それもそうじゃな。一緒に暮らしてる人間を疑って何事もなく生活出来るほど、愛梨も要領は良くないからの」
「そんな事が出来るのは、達也様を除けば藤林さんくらいだと思いますよ」
「彼女は大人じゃしの」
香蓮の考えに沓子は言葉にして同意し、栞は無言で頷いて同意する。彼女たちから見ても、達也は自分たちよりも精神的に大人だし、響子は尊敬出来る大人だと思えるのだった。
誰もいない屋上に二人きりになった深雪と愛梨は、無駄な時間は使わずすぐに本題に入った。
「司波深雪、貴女は七草真由美さんについてどう思う?」
「七草先輩? その質問の意図を聞いてもいいかしら? それから、私の事は深雪で構わないわ」
「じゃあ深雪さん。実は達也様から七草真由美について調べてほしいと頼まれたの」
「達也様から?」
意外感を禁じ得ない発言に、深雪は訝し気な視線を愛梨に向ける。そういう視線を向けられると分かっていた愛梨は、肩をすくめて彼女に告げる。
「達也様本人で探った方が効率がいいのは私も分かっています。ですが、達也様はご自分で探ると感付かれる可能性が高いと仰られて、それなりに付き合いがある私に彼女の事を探るようお願いなさったのです」
「なるほど。それで、七草先輩の何を聞きたいのかしら? 同じ十師族の人間とはいえ、私は最近まで十師族であることを隠して生活していたわけですし、親密なお付き合いがあったわけでもないのだけど」
「七草真由美さんは、策を弄する感じの人かしら?」
「悪巧み程度ならしょっちゅうあったけど、どれも子供の悪戯程度の可愛いものでした。本格的な策略や策謀はどちらかというと、市原先輩の分野でしたし」
「市原鈴音さんですか……では、市原鈴音さんは達也様の事を本気で想っていると思いますか?」
「それはそうだと思いますよ。わざわざ七草家の陰謀に手を貸すようなお人ではありませんし、もしそんな人だったら叔母様が見逃すとは思えませんもの」
「なるほど……では、七草真由美、香澄姉妹の間に協力関係があるとは思いますか?」
「それは貴女も見て分かってると思いますが」
愛梨の質問にそう答えた深雪は、チラリと視線を愛梨から外した。何を気にしたのか愛梨には分からなかったが、とりあえず聞きたい事は聞けたので、教室に戻ろうと提案する。
「ありがとうございました。また何か気になることが出来たら相談させていただいても宜しいかしら」
「それくらいなら構わないわ。これも達也様の為ですもの。貴女への協力は惜しまないつもりよ、愛梨さん」
「ありがとうございます、深雪さん。では、戻りましょうか」
「そうね。そろそろ始業時間ですし、生徒会長がサボりというのも、いろいろと問題がありそうですものね」
「あら。達也様に言われたら、授業だろうが平気でサボりそうですけど」
「それは当たり前です。達也様のご命令なら、人を殺める事すら躊躇いません」
「……凄い覚悟ね」
実際に人を停めた事がある深雪は、自分一人の判断だと気に病むが、達也の命があれば人を殺める事すら躊躇わない覚悟が備わっている。愛梨は深雪の覚悟を垣間見て、自分もそれくらいの覚悟を持って臨むべきだと、決意を新たに教室に戻るのだった。
そもそも劣等生では愛梨の出番ありませんしね