劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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読める人はそう多くないと思う……


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 昨夜物騒な事を話していた事など全く感じさせない表情の達也と響子に比べて、夕歌は何処かぎこちなく感じられた。もちろん、万人に分かるような態度をとるほど、夕歌も不用意ではない。分かる人には分かる、という感じだ。そして、その分かる人とは、達也であり響子である。

 

「夕歌さん、あまり顔に出さない方が良いかと」

 

「達也さんほど修羅場をくぐってないから仕方ないのかもしれないけど、あまり表情に出てしまうのは感心しませんよ」

 

「そんなに出てましたか?」

 

「エリカ辺りが気づきそうなくらいですけどね」

 

「千葉さんは鋭い勘を持ってるから気をつけないといけないわね……」

 

 

 自分の事が話題になっているなど知らないエリカは、ほのかたちと談笑している。同じ婚約者同士でも、やはりグループは分かれるのか、エリカたちとは別のところでは、真由美と愛梨が談笑している。

 

「一色さんが七草さんに近づいているのは意外ね」

 

「同じ二十八家の女子として、話しやすいのかもしれませんね」

 

「……その表情、達也くん貴方、愛梨さんになにかお願いしてるでしょ?」

 

 

 人の悪い笑みを浮かべた達也を見て、響子があの二人の会話が気になり始めた。完全なる達也派である愛梨が、裏切る可能性がある真由美と仲良くしている光景は、改めて考えるとおかしな光景なのだ。

 

「俺や夕歌さんでは警戒されてしまう恐れがありますから」

 

「……愛梨さんならその心配は無いと?」

 

「愛梨には香蓮という参謀がいますから、何をどう聞けばいいか話し合えます。そして愛梨も二十八家の人間として、ポーカーフェイスはそれなりに得意でしょうし」

 

「真由美さんはポーカーフェイスが苦手なようだけどね」

 

 

 同じ二十八家の人間でも、真由美は顔に出やすいと響子も思っている。夕歌も同意見のようで、漸く納得した表情に変わった。

 

「愛梨には少し無理を聞いてもらったから、今度それに報いないとな」

 

「私だって、結構達也くんの無茶を聞いてるつもりなんだけどな?」

 

「分かってますよ。今度まとめてお礼しますから」

 

「約束だからね」

 

 

 達也に約束を取り付けた響子は、誰が見ても分かるくらい浮かれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一高に向かう途中の個型電車の中、今朝は愛梨、香蓮、沓子が達也と同じ電車に乗っている。

 

「――というわけでして、あまり役に立ちそうな情報はございませんでした」

 

「そう簡単に良い情報が得られるわけでは無いのですから、そう落ち込まなくても良いのではないでしょうか」

 

「香蓮の言う通りじゃ。相手は七草の人間じゃからの。裏があったとしてもそう簡単に襤褸を出すとは思えん」

 

「そもそも七草先輩にそんな考えがない可能性だってあるんだ。そう落ち込むな」

 

 

 役に立てなかった罪悪感から沈んだ雰囲気を醸し出していた愛梨だったが、達也に慰めてもらったお陰で、多少は回復した。

 

「そもそも愛梨だって腹芸はそこまで得意じゃないんじゃし、達也殿だって聞き出せたら良い、くらいの感じなのじゃろ?」

 

「七草先輩の方が、愛梨より襤褸が出やすいとは思っている」

 

「年の功、というものは考えないのですか?」

 

「あの人はそういう世界で生きてきてないようだからな。跡取りではないというのも関係しているのかもしれないが、兄妹が多かったというのも関係しているのかもしれない」

 

「確かに、達也様が聞き出そうとしたら警戒するでしょうが、愛梨ならば彼女は警戒しない、そんな感じはしますね」

 

「達也殿から頼まれているという可能性を考えないくらい能天気、という事かの」

 

 

 真由美を評価し始める三人を見て、達也は苦笑いを浮かべる。まさか真由美も、こんな所で年下の女の子に分析されているなんて夢にも思っていないだろう。

 

「とにかく、もうしばらく愛梨には先輩が何か考えているかを探ってもらいたい」

 

「それは構いませんが、あまりしつこいと真由美さんに気付かれる可能性があると思うのですが」

 

「そんなに本気で探ろうとしなくても構わない。片手間程度で、何か聞き出せたらラッキー、という気持ちで臨んでくれ」

 

「そんなこと出来ませんわ! 達也様からのお願い事を『片手間』などと思えるはずがありませんもの!」

 

 

 狭い個型電車で立ち上がった愛梨は、盛大に頭をぶつけたが、そんなことを気にする余裕もないくらいに、今の愛梨は興奮している。

 

「分かったから少し落ち着け」

 

「はっ! も、申し訳ございません……お見苦しい姿を見せてしまいましたね……」

 

「別に気にしなくてもいいが、そこまで愛梨が本気で取り組んでくれているとは思ってなかった。俺に認識不足だ、すまない」

 

「そんな! 達也様が頭を下げる事ではありませんわ! 私が勝手に意気込んでいるだけですので」

 

「達也殿に頼られたと、愛梨ははしゃぎまくっておったからの」

 

「何故それを知っているのですかっ!?」

 

「長い付き合いじゃ。見ただけでそれくらいの事は分かる」

 

 

 沓子の言葉に香蓮も頷く。朝の夕歌ではないが、愛梨もそれほど表情に出していたつもりは無いのだが、やはり分かる人には分かってしまうようだ。

 

「とにかく! 何か企んでいるのでしたら、必ずその尻尾を掴んで見せますわ!」

 

「そうか、頼りにしている」

 

 

 達也としてはあまり意気込まれると逆に怪しまれる可能性が高くなると考えているのだが、やる気になっている愛梨に水を差すのも効率が悪くなると考えて、励ますだけに留めたのだった。




ちょっとした変化も見逃さない達也……

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