劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この話もしておかないと……


達也の引っ越し

 詩奈誘拐騒動が解決し、達也が違法収容所を襲撃した一週間と数日後、深雪を除く達也の婚約者全員に四葉家から通知が届いた。その内容はもちろん、新居が完成した報せである。

 一斉に引っ越すとそれだけ整理などが遅れるということで、四葉家が事前に順番を決め、その日付に四葉本家の使用人数人が荷物と、本人を乗せて新居へ移動する手筈になっているので、婚約者たちは荷物を纏めておくだけで、後は四葉家の人間が全て整えてくれるのだ。

 まず初めに新居に入るのは、達也と四葉関係者の夕歌と亜夜子。そして二十八家ゆかりの愛梨と響子とリーナの六人になっている。もちろん、他の婚約者に不公平だと言わせないための対策も立てられているので、不満の声は上がらなかった。

 

「達也様、週末にはこちらに戻って来てくださるのですよね?」

 

「もちろんだ。深雪だけを除け者にするつもりは無いからね」

 

 

 引っ越し当日。達也は自分の荷物を四葉家の人間に任せ、自分は愛車で新居へ移動する手筈になっている。何故四葉家の人間と一緒に移動しなかったかというと、深雪が想像以上に別れを惜しんでいるので、時間を遅らせる事で深雪の不満を減らそうと達也が考えたからである。

 もちろん、深雪としてもいつまでも達也を引き留めておくと、週末に帰ってこれなくなる心配があることは理解しているので、あまり長時間引き止めるつもりは無い。だが、これから一週間、家で達也に会えないと思うと、引き止める時間が少しずつ長くなってしまっているのである。

 

「水波、俺がいない間の深雪の護衛、任せたぞ」

 

「お任せください。この桜井水波、粉骨砕身の心構えで、深雪様をお守りする所存です」

 

「死なれたら困るんだがな……深雪を守りつつ、自分も守るよう心掛けろ」

 

「……かしこまりました」

 

 

 苦笑いを浮かべながら水波を諭した達也に対して、水波は少し困ったような表情を浮かべながらも、達也の言葉に従う。彼女の中に、達也の言葉に逆らう、という考えは存在しないのだ。

 

「それじゃあ深雪、また学校で」

 

「はい、達也様……お帰りをお待ちしております」

 

 

 まるで戦場に出向くかの如く別れを惜しむ深雪の頭を撫で、水波にもう一度視線で「深雪を頼む」と告げ、達也は愛車に跨って司波家から新居へと向かう。その後姿が見えなくなるまで――見えなくなっても、深雪はその姿を必死に見送り、後ろ髪を引かれる思いで自宅の中に戻った。

 

「水波ちゃん、悪いんだけど、今日の晩御飯はお任せするわね」

 

「かしこまりました。深雪様はどうぞおくつろぎください」

 

「悪いわね……そうさせてもらうわ」

 

 

 達也がいなくなっただけでこのやる気の落ちようは、さすがに心配になってしまう。水波は少し考えて、深雪にやる気を出させる言葉をかける。

 

「達也様がこの家にいなくとも、一週間に一回は戻られるのです。その時に少しでも今より汚れていたら、達也様は何と思われるでしょうね」

 

「……そうね。きちんとお掃除をしておかなければいけないわね。水波ちゃん、そっちは私がやっておくわね」

 

「お願い致します」

 

 

 想像以上にやる気が出た深雪を見て、仕向けた水波の方が驚いてしまったが、彼女は表情に出さず深雪に掃除を任せたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也が新居に到着した時には、既に夕歌と亜夜子が新居で寛いでいた。元々この近くに仮住まいを構えていたのもあってか、既に荷解きも済んでいる様子だった。

 

「あら達也さん、遅かったわね」

 

「達也さんが時間に遅れるなんて、何かあったのですか?」

 

 

 達也の到着予定時間は、今より三十分前だったので、夕歌も亜夜子も訝しむように達也を眺める。その視線を受けて、達也は苦笑いを浮かべながら答えた。

 

「深雪を落ち着かせるのに、少し手こずりまして」

 

「なるほどね。そういう理由なら仕方ないかな」

 

「深雪お姉さまには悪いですが、今まで散々達也さんを独占していたわけですし、少しくらいは我慢なされた方が良いと思いますわ」

 

「まぁまぁ亜夜子さん。深雪さんの我慢が限界に達してしまったら、この世界が終わってしまうかもしれないんですから、少しくらいは寛容にならないと」

 

「私たちだって、達也さんと四六時中一緒にいたいと思っていたのに、こうして新居が完成するまでそれが叶わなかったのですよ? 深雪お姉さまにも少しくらいはこの苦しみを理解して頂きたいと思うのは当然だと思いますが」

 

 

 年が同じな為なのか、亜夜子は昔から深雪と張り合う傾向が見られる。その事を知っている達也と夕歌は、互いに視線で語らい、同時に肩を竦めた。

 

「他のお三方が到着される前に、達也さんの荷物も片付けてしまいましょうか」

 

「俺の荷物は、それほど多くないですけどね」

 

「ですから、私と夕歌さんの二人で十分ですわよね。達也さんの身の回りの世話をするために、子供の頃から家事全般を特訓してきたのですから」

 

「私は普通に女としての嗜みとか言われてたけど、達也さんの為になるなら無駄じゃなかったのかもね」

 

 

 そう言って二人は達也の荷物が入っているケースを四葉家従者から奪い取り、達也の部屋まで運んで荷解きを始める。仕事を奪われた形になった従者たちは、少し困ったような表情で二人を見詰めていたが、彼女たちもまた、四葉家の人間なので、何も言えずに二人が片づけ終わるまで部屋の外で待機していたのだった。




深雪は我慢出来るのだろうか……

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