生徒会室に入るなり、詩奈は全員に聞こえるような声と、全員に見える位置で頭を下げて謝った。
「一昨日は心配をかけて申し訳ありませんでした!」
「まぁまぁ、詩奈が悪いわけじゃないって分かったんだし、詩奈が謝ることじゃないよ」
「そうですね。国防軍の連絡ミスの所為でああなったわけですし、頭を下げるべきなのは詩奈ちゃんじゃなく国防軍の方々ですよ」
本気で自分が悪いと思い込んでいる詩奈に、香澄と泉美が慰めの言葉をかける。深雪も昼休みにエリカたちに言っていた事なので、双子の意見を是として頷いている。もちろん、水波が深雪の意見を否定するはずもなく、ほのかも詩奈が悪くないと思っているので笑顔で詩奈に席を進める。
「ところで香澄ちゃん、今日は風紀委員の仕事があるんじゃないの?」
「端末を取りに来たんだよ……その所為で、北山先輩にこっ酷く怒られたけどね」
裏の風紀委員長と噂されている雫に怒られたからなのか、香澄はいつもより大人しく泉美には感じられた。結局昨日は、詩奈救出の件で警察やら国防軍やらから質問攻めにあったため、学校には来られなかったので、今日雫に怒られたのだ。
「そういえば、司波先輩はどちらに?」
「達也様なら、詩奈ちゃん誘拐騒ぎの件を報告するために校長室に呼ばれているわ。本当なら私が行くべきなのだけど、上手く説明出来るか分からなかったから、達也様が代理を務めてくださっているの」
本気で申し訳なさそうに話す深雪につられてか、詩奈がますます申し訳なさそうに俯き、身体を縮こませる。元々小柄な詩奈が、ますます小さく見える。
「詩奈ちゃんが悪いわけではありませんので、そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。問題は、国防軍の人間がちゃんとした手続きもせず、当校から生徒を連れ去った事ですから」
「私がちゃんと報告しておけば、こんなことにはならなかったんですよね?」
「詩奈ちゃんは口止めされていたわけですし、やはり非は国防軍にあると私は思います。もちろん、ここにいる全員が私と同じ考えですし、達也様もそう仰られておりますので、これ以上詩奈ちゃんが気にすることはないんですよ」
深雪の笑みに、詩奈ではなく泉美が反応する。興奮気味に口を開こうとした妹を、香澄が羽交い締めにして黙らせ、詩奈が口を開くまで泉美と格闘しなくてはいけなくなった。
「でもやっぱり、心配をかけた先輩方には、きちんと謝りたいんです。この気持ちだけは受け取ってください」
「そうね……詩奈ちゃんの気持ちを蔑ろにするわけにもいかないし、謝罪は受け入れます。だから、これ以上気に病まないでね?」
「……分かりました」
本当はもっと責められるべきだと思っていた詩奈ではあったが、深雪が譲歩してくれたのだから自分もある程度で納得するべきだと考え、不満が顔に出ないように気をつけながら頭を下げる。
「香澄、何時まで油を売ってるの?」
「き、北山先輩!? これは泉美が暴走しないように抑えてただけで、決して遊んでるわけでは……」
「言い訳は良いから、早く見回りに行って。昨日無断で休んだ件も、まだ終わってないからね」
「は、はい……」
雫に怒られて、香澄は逃げるように風紀委員本部に直通の階段を駆け下りていった。
「雫、どうかしたの?」
「委員長からの報告書を持ってきただけ。ついでに何時までも帰ってこなかった香澄を呼びに来た」
「そう、ご苦労様。確かに受け取ったわ」
深雪に報告書を渡して仕事が一段落したのだろう。雫はほのかの隣に腰を下ろしてピクシーにお茶を頼む。
「達也さんは?」
「昨日の件を校長先生に報告に行っているわ。達也様に頼むのが一番正確ですから」
「そっか」
深雪が本心から達也に任せたわけではないと理解した雫は、それだけ言ってお茶を飲み始める。
「詩奈の件は片付いたけど、吉田君と美月の噂はどうなるんだろうね」
「そっちの方も、何とかなりそうよ」
「そうなの?」
「さっき達也様が吉田君と美月にアドバイスしていたから、明日か明後日には噂も収まってるわ、きっと」
「達也さんならそれくらい出来そうだもんね」
何の根拠もないが、ここにいる全員が噂が収まるものだと確信した。幹比古と美月だけでは、恐らく二ヵ月経っても沈静化しなかっただろうが、そこに達也が絡めばそれくらい出来て当然だと、全員が考えを共有したのだ。
「それじゃあ、これで本当に誘拐騒ぎ騒動は解決かな?」
「そうね。エリカたちも罪に問われることも無いみたいだし、今後同じような事が起こらないように学校側も対策を練るそうだから、私たちに出来る事はこれでお仕舞ね」
「北山先輩も、心配をおかけしました」
「ん」
詩奈の謝罪を受け入れ、雫は小さく頷く。付き合いの短い詩奈は、雫が怒っているのではないかとびくびくしていたが、付き合いの長い深雪とほのかは、雫がようやくホッとしたのだと理解し、二人で笑い合った。
「さて、達也様が戻ってこられる前に、私たちも出来る事をしちゃいましょう」
「そうだね。何時も達也さんに頼りっきりだし、少しは達也さんの分も終わらせられるように頑張ろう」
深雪とほのかが気合いを入れ、そんな深雪を見て泉美に気合いが入った。そして詩奈は、申し訳なさそうにしながらも、しっかりと自分の分の仕事をこなすのだった。
何をしたのかはご想像にお任せします