劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この集まりの意味はいったい……


料亭で説得

 真由美が達也と深雪を招いた場所は、赤坂の料亭だった。達也たちの、少なくとも三倍以上の年齢でないと似合いそうに無い。地位か、名誉か、財産か、あるいはそのすべてが求められるような店だ。

 達也たちが料亭に着いたのは、約束の三分前だった。店の者は、若者だけの場違いな三人を、笑顔以外の表情を見せずに案内した。五時ちょうどに、達也、深雪、水波の順番で座敷に入る。待っていたのは克人一人だった。

 

「お待たせしてしまいましたか」

 

「いや、時間通りだ」

 

 

 達也は着座の許可も取らずに、座りながらそう尋ね、克人もそれを咎める事は無かった。達也に一呼吸遅れて深雪が、更に一拍遅れて水波が腰を落ち着かせる。深雪は達也の隣の座布団に、水波は座布団を使わず深雪の後の畳に。四人とも正座だ。もぞもぞと腰を動かしたり、足の指を重ね替えたりというような落ち着かない仕種を見せる者はいない。全員正座に慣れている様子だ。

 達也と克人が「さて」という感じで目を合わせた丁度その時、障子が開き、真由美と摩利が姿を見せた。

 

「ごめんなさぁい! お待たせしちゃった?」

 

「いえ、我々も今来たところです」

 

 

 真由美の問い掛けに間髪入れず達也が答える。克人は苦い表情で何か言い掛けたが、結局何も言わず口を閉ざした。

 真由美はほっとした表情で克人の隣、深雪の正面に膝を揃えて座る。摩利は真由美の隣だ。世間一般の女子大生に比べれば真由美の正座は様になっているが、達也や深雪、克人に比べれば微妙にぎこちなかった。どちらかと言えば摩利の方が決まっている。

 

「じゃあさっそく……」

 

 

 真由美が話し合いという名の説得を始めようとするが、その出鼻を挫くように「失礼します」という声が障子の向こう側から掛かった。真由美の「はい、どうぞ」という返事を待って姿を見せたのは、仲居ではなく若女将だった。

 

「お連れ様と仰る方がお目見えになっておりますが……」

 

 

 困惑を隠せぬ顔で、若女将が問いかける。事前に聞いていた客は全員揃っているのだから、当惑するも当然だろう。もっとも、戸惑いを覚えているのは真由美も同じだ。

 

「えっ、どちら様ですか?」

 

「七草香澄様、泉美様両名です」

 

「えっ……!?」

 

 

 真由美は一瞬絶句した後、達也と深雪に向かい「ちょっと中座させてね」と断って、若女将が案内するのも待たずに店の玄関へ向かう。若女将が「失礼致しました」と丁寧に一礼して障子を閉めた。

 

「あの件でしょうか?」

 

「かもしれないな。だが、エリカに指示は出しているのだから、香澄と泉美がわざわざここに来る意味は無いと思うのだが」

 

 

 若女将が去るのを待っていたのか、障子が閉まったのを見て深雪が達也に話しかけ、達也も深雪の考えに同意する。ただ、彼女たちがここに来た理由については、達也も分かっていないようだ。

 

「あの件とは? 達也くん、真由美の妹が押しかけてきた理由に心当たりがあるのか?」

 

 

 二人の会話を拾った摩利が、達也に問い掛ける。克人は摩利の一高時代と変わらぬ態度に眉を顰めていたが、達也は気にせず気軽に答えた。

 

「ええ。本日、三矢家の末のお嬢さんが、一高から連れ去られた可能性がありまして。その件でしょうね」

 

「連れ去られた? 三矢家の末っ子というと、今年の新入生主席か?」

 

「渡辺先輩もご存じだったのですか」

 

「真由美から少し聞いていた」

 

「そうですか」

 

「連れ去られたとはどういう事だ」

 

 

 摩利の問い掛けに、達也は少し考えてから事情をかいつまんで説明する事にした。

 

「三矢家の者と名乗る男女二人組が詩奈に面会を求めてきて、彼女は生徒会業務を中座して応接室に向かい、帰りが遅いと心配した香澄がピクシーに尋ねると、詩奈は既に帰宅しているとの事だったそうです。しかし、詩奈の私物が入った鞄は生徒会室に置きっ放しとの事です。誘拐の可能性もあるからと報告を受けましたが、自分たちにはこの話し合いがあるからと、簡単に指示を出すだけに留めたのが気に入らなかったのかもしれませんね」

 

 

 淡々と話す達也とは対照的に、摩利の表情はだんだんと焦りを含んだものに変わってきていた。

 

「大事じゃないか! 達也くん、司波もだが、こんな所で何をしているんだ!?」

 

「何、と言われましても……」

 

 

 生徒が犯罪に巻き込まれたかもしれないというのに、生徒会長と実質的な生徒会トップが簡単な指示を出しただけで後は何もしていないというのは、摩利にとってありえないことに思われた。

 しかし達也としては、苦笑するしかない。彼はこの場に招かれた側だ。付き添いとはいえ、招いた側の摩利に責められる筋合いの事ではないのだ。

 

「司波」

 

「何でしょうか」

 

 

 克人に名前を呼ばれ、達也は視線を摩利から克人へ移す。

 

「同じ十師族の、十文字家の者と四葉家の方という立場ではなく、一高の先輩・後輩として話をさせてもらってもいいか?」

 

「構いません」

 

 

 達也が頷くと同時に、克人の気配が質量を増す。

 

「この話し合いは延期しよう。お前たちは、攫われたかもしれない一年生を優先してくれ」

 

 

 達也が再び苦笑を漏らす。その表情は、直前のものよりも皮肉の成分が多かった。

 

「十文字先輩、とあえて呼ばせていただきますが。この席は四葉家代表の立場で会議に参加した自分を、七草家のご息女が十文字家の当主と連名で招いたものです。ですからこの話し合いを後回しにするというのは、十師族・十文字家としてのご発言以外の、何物でもありません。ですが、その上でこの席を延期すると仰るのであれば、自分にも深雪にも異存はありません」

 

 

 達也の指摘に克人がムッとした表情を見せ、達也に視線を向けられた深雪が淑やかに軽く頭を下げた。




克人はともかくとして、真由美と摩利の貫禄の無さ……

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