劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1110 / 2283
こうしてまったく新しい魔法を作れる相手に喧嘩を売るとは……


深雪の新魔法

 深雪が通っているマナースクールには、良家の子女ばかりが集まっている。警備はそれに相応しい、厳重なものだ。少なくとも民間の犯罪組織程度では手を出せないレベルの腕利きの女性が雇われていた。だから色々と後ろ暗いところのある親も、男子禁制などという時代錯誤な規則を受け入れて娘を預けているのである。しかしその安全神話は、今夜崩壊の時を迎えた。

 

「皆さん、落ち着いてください! 非常時のマニュアルに従ってセーフルームに避難してください! セーフルームは安全です。落ち着いて、速やかに避難してください!」

 

 

 誰よりもまず落ち着く必要があるのは、叫んでいる女性講師だろう。生徒の中で魔法師は深雪以外にもう一人いるだけだが、護衛は全員魔法師だ。水波以外の護衛は二十代から三十代前半で、どう見ても講師より頼りになりそうだった。

 

「深雪様、如何いたしましょうか」

 

「セーフルームでは、袋のネズミになる未来しか見えないわね……とはいえ、私たちだけ勝手な真似をするのもスクールの皆様にご迷惑でしょうし。ここは大人しく先生の指示に従っておきましょう。いざとなれば水波ちゃんが入口を防げばいいのだし。達也様が迎えに来てくださるまでの間くらい、楽勝でしょう?」

 

「ご命令とあれば」

 

 

 どうするか決定してからの深雪の行動は早く、彼女は近くにいたスクール生に声をかけ、返事を待たずに決められたルートを通ってセーフルームに向かう。水波に先導された深雪の背中に、他の生徒とその護衛、そして講師が続いた。

 警備兵は善戦していたように深雪には見えた。現在の状況に至っているのは、相手の方が更に上手というだけの事だ。途中の通路で横合いから襲いかかってきた電撃を、水波のシールドが防ぐ。空中放電ではなく、極細のワイヤーを飛ばしてそれに電流を這わせているのだと分かったのは、対物障壁で電撃が止まった後だ。

 

「水波ちゃん、良く分かったわね。さすがだわ」

 

「恐れ入ります」

 

「ところで、殿を務めてくださっているのはどちらの家の方なのかしら? こちらでお見かけした記憶が無いのだけど、水波ちゃん、知っている?」

 

 

 前方からだけではなく、後方から魔法が降ってきたのは一度や二度ではない。深雪は最後尾を振り返り、侵入者の攻撃を防いでくれている二十歳前後の女性二人組に視線を向けながら水波に尋ねた。

 

「綱島様と仰るそうです。護衛の方は津永さんと名乗られました」

 

「綱島さんに津永さん……申し訳ないけど、聞き覚えが無いわ」

 

 

 達也程ではないが、深雪も記憶力に優れている。教室で一緒になった生徒の名前を忘れることはまずないし、魔法師の名前も百家の苗字ならば大体覚えていた。

 

「津永さんが仰るには、最近こちらに通い始められたとか」

 

「そうなの……いきなりこんなアクシデントに遭遇して、お気の毒ね」

 

 

 列の先頭を深雪と水波、殿を綱島と津永で守りながら、生徒たちはセーフルームにたどり着いた。深雪と水波は扉の前で、最後尾で侵入者に反撃しながら走ってくる綱島嬢とその護衛の津永を待っている。

 深雪は水波から携帯端末タイプのCADを受け取り、微笑みを浮かべながらパネルに指を走らせた。逃げてくる生徒と護衛の背後で魔法を放とうと構えた浅黒い肌の男と黒い肌の男性二人組が後方に吹っ飛ぶ。タイムラグは、認識限界以下だった。

 新たな侵入者が廊下の向こう側に姿を見せたので、深雪が再びCADを操作しようとするが、降り注ぐ想子のノイズと廊下の間接照明を反射する真鍮色の指輪を見て、水波が深雪の前に出ようとした。

 

「深雪様!」

 

 

 不法侵入者はキャスト・ジャミングを使ってきた。水波の右手には、小型ながらしっかりした造りの戦闘用ナイフが握られていた。水波が辛そうに顔を顰めている横で、深雪は平然とした表情を崩さない。

 

「心配しなくても大丈夫よ、水波ちゃん。達也様に頂いた新魔法のテストには、丁度いい機会だわ」

 

 

 深雪は素早くCADを操作して、二つの魔法を連続発動した。その瞬間、想子のノイズが凍り付いた。想子の波が完全に凪になった空間の中で、今度は二人の男が凍り付いた。受け身どころか手を付く事すら出来ずに床に激突する様に深雪が顔を顰める横で、水波は驚愕に大きく目を見開いていた。魔法を阻害する想子のノイズを止めてしまった魔法に対する驚きだ。

 

「対抗魔法『術式凍結(フリーズグラム)』。お兄様、いえ、達也様が私の為に創ってくださった対抗魔法。『術式解体』や『術式解散』のように全ての魔法を無効化出来るわけではないけど、キャスト・ジャミングが相手ならばこれで十分」

 

 

 術式凍結は領域干渉の強化版で、無効化出来る魔法は無系統魔法、領域魔法、そして発動途中の魔法。個体を対象にする発動済みの魔法を消し去ることは出来ないが、無系統魔法の亜種であるキャスト・ジャミングならば深雪の言う通り完全に無効化出来る。

 

「残り……十人まではいないわね。八人というところかしら?」

 

「私もそう思います」

 

 

 確認の意味が強い深雪の問いかけに、水波が頷く。

 

「では……後は警備の方々に任せて、私たちは達也様のご到着を待ちましょう」

 

「かしこまりました」

 

 

 深雪と水波もセーフルームに入る。深雪は壁際から離して並べられたソファの一つに腰を下ろしたが、水波は鍵を掛けた扉の前で、何時でも障壁魔法を発動できるよう待機した。




製作じゃなくて創造だからな……次元が違う

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。