劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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原作より詩奈が過激に……


幼馴染の考え

 帰宅途中の個型電車の中で、侍郎はエリカたちからカフェテリアで聞いたことを詩奈に話して聞かせた。

 

「へぇ、昨日の先輩の態度には、そんな理由があったんだ」

 

 

 若手会議の事は、詩奈も侍郎と同じくらい知っている。いや、本来は「侍郎が詩奈と同じくらい」と言うべきか。侍朗の知識は会議に出席した三矢家の長男が、詩奈を含めた弟妹に説明しているのを、横で聞いて仕入れたものだ。

 

「だったら仕方ないね」

 

「仕方ない?」

 

 

 侍朗の話を聞いた詩奈の感想はこれで、侍郎には何故そういう結論になるのか理解出来なかった。

 

「自分の愛する婚約者を晒し者にしたくなかったんでしょう? 当然の心理だと思うけど」

 

「十師族として魔法界の為に必要な貢献……とは考えないのか?」

 

 

 質問の途中で詩奈が機嫌を傾けていくのが分かったので、侍郎はセリフを中断しようかとも考えたが、結局最後まで言い切った。ここまで言ってしまえば中断する意味は無いとすぐに気づいたからだ。そして、言い切った侍郎に対して、詩奈は侍郎限定で発動する毒舌を炸裂させた。

 

「何それ? 気持ち悪い」

 

「き、気持ち悪いって……」

 

「十師族だったら見世物になるくらい我慢すべきだとか、侍郎くん、そんな風に思っていたの? それって、アイドルだったらプライバシーを侵害されても当然とか嘯いてたレポーターと一緒じゃない」

 

「いや、そんなレポーターがいたのは何十年も前だから。今はそんなことを放言したら当局に呼び出されるからな。第一、今のアイドルは殆ど3Dアバターじゃないか」

 

「アバターアイドルにだって中の人がいるじゃない。それに芸能記者も口に出さなくなっただけで、心の中では今でもそう思っているに違いないんだから」

 

 

 今にもムッと唇を尖らせそうな表情で詩奈が侍郎を睨む。

 

「……芸能記者の事は横に置いておこう。今は関係が無い話だ」

 

「芸能レポーターにこだわったのは侍郎くんの方でしょ」

 

 

 最初に喩えとして持ち出したのは詩奈なのだが、侍郎はそれを蒸し返すような非生産的な真似はしなかった。

 

「司波会長の私生活を犠牲にしろなんて、昨日の会議では言われてないんだろう? 司波先輩の対応は、少し過激じゃないか?」

 

「そうかなぁ。私が男子だったら、恋人にキャンギャルみたいなことして欲しくないけど」

 

「キャンギャルって……水着になれとか、短いスカートを穿けとか、そんなことを求められているんじゃないんだし……」

 

「最初はそうかもしれないけど、その内似たような事をリクエストされると思うよ。司波会長はあんなに美人なんだから。例えば、会長がタイトミニのスーツを着ているところとか、侍朗くん、見たくない? 素足か薄手のストッキングで」

 

 

 詩奈が小首をかしげて侍朗のひとみを下から覗き込み問いかける。侍郎はその問いかけに否を返せず、言葉に詰まってしまう。

 

「……厭らしい」

 

「詩奈が言ったんじゃないか……」

 

 

 理不尽な蔑みの眼差しを前に、侍郎は何故か強く抗議できなかった。

 

「それじゃあ、侍朗くんは私がそういう事をやれと言われた時、反対しないでさっきとおんなじことを言うの? 十師族だから、魔法師界の発展の為に生贄になれと」

 

「いうわけないだろ!」

 

「だよね? じゃあ司波先輩の事を非難する権利なんて侍朗くんには無いよね?」

 

「………」

 

「会長を宣伝に使うってアイディアには、魔法師としての力だけじゃなくて女性としての魅力も利用しようって思惑があるんでしょう? だったらメディアから『視聴者が望むコスチューム』をリクエストされたら、断り切れないと思うんだ。会長のような美少女には、絶対セクシャルな路線を求めてくるよ。むしろそうしないメディア局員は無能だと思う」

 

「……男はそんなスケベばっかりじゃないぞ」

 

「でも見たいよね?」

 

 

 侍郎は非常に居心地が悪い思いをしていた。問われた事自体、異性を相手に答えるのが難しい内容だったのに加えて、その相手が「美少女」かつ「気心が知れた幼馴染」となると、否定も肯定も難しい。肯定するのは恥ずかしすぎるし、否定してもすぐに嘘だと見破られてしまう――つまりは、詩奈の指摘が図星だったという事だ。

 

「そういう事は希望者を募ってやらせるべきだと思う。十師族だからって、他人に強制されることではないはずよ。しかもそれを、自分が言い出すんじゃなくて大勢が集まっている中でなんとなく押し付けようとするなんて卑怯じゃないかな? 違う?」

 

「……いや、違わない、と思う」

 

 

 詩奈は侍朗を責めているわけではない。だが侍朗はますます居たたまれない気持ちになっていた。

 

「真由美さんたちのお兄さんをあんまり悪くは言いたくないけど……私は、司波先輩が間違っているとは思えないよ」

 

「そう、だな……」

 

 

 話を始める前の侍朗なら、詩奈が出した結論を予想外のものだと受け取っていただろうが、今は幼馴染の言う事ももっともだと感じていた。

 

「それから、これは侍朗くんも知らないだろうけど、実際に司波会長じゃなくって私だったらお兄ちゃんはどうするかって司波先輩は聞いたらしいんだけど」

 

「……それで?」

 

「お兄ちゃんは答えられなかったらしいの。だから、それが三矢家の答え。自分たちの関係者は嫌だけど、他家なら構わないとか思ってたんじゃない? ほんと、最低な考えだよね」

 

「……七草家は、最初から司波会長を生贄にしようとして他家を煽っていたって事か?」

 

「たぶんね」

 

 

 さっき智一の事を悪く言いたくないと言っていた詩奈であったが、今は明らかに智一に向けて嫌悪感を懐いている。侍朗はその嫌悪感が自分に向けられている気分になり、ますます居たたまれなくなっていたのだった。




侍朗、撃沈……

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