劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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真面目な席なので、真夜さんは大人しく……


報告 前編

 横浜の魔法協会関東支部からおよそ一時間。予定していた半分以下の時間で達也は四葉本家に到着した。

 

「達也様、深雪様、奥様がお待ちです。どうぞこちらへ」

 

 

 本家に着いた達也を、葉山が直々に出迎えた。葉山に先導される達也の背後には兵庫が、深雪の背後には水波が続いている。水波は兎も角兵庫に対して葉山が何も言わない事に意外感を覚えたが、その問いを発する機会が無いまま食堂に案内された。年末に自分が次期当主に指名された部屋で、中には同じメンバーが顔をそろえていた。唯一の違いは、既に四葉家現当主・真夜が席に着いていることだ。

 

「お待たせしてしまい、申し訳ございません」

 

「遅れたわけではないから、謝罪は不要ですよ。まずは御席に着きなさい」

 

「恐縮です。失礼します」

 

 

 達也が頭を下げて、それに合わせて深雪も一礼する。深雪の椅子を水波が、達也の椅子を兵庫が引く。

 

「(もしかしたら本家は、彼を自分の下につけようと考えているのか?)」

 

 

 そんな思考が達也の脳裏を過ったが、今は兵庫の存在に気を取られている場合ではない。達也は意識を真夜に集中した。真夜が自分の背後に移動した葉山に目を向け、それに応えて葉山がハンドベルを振る。ベルの残響が消えてしまう前に、まるで待ち構えていたようにワゴンを押したメイドが入ってくる。ランチには遅すぎる時間だが、達也たちが何も食べずに本家へ直行すると察していたのだろう。お茶請けとしてもおかしくない種類の軽食が達也と深雪の前に並べられた。

 まず達也が真夜の許しを得た上で軽食とお茶に手をつけ、深雪もそれに倣った。途中世間話などにも如才なく応えていたお陰で、出された量の割には時間を掛けて食事を終えたところで、真夜の纏う雰囲気が変わった。

 

「では……西果新島の件から聞かせてくれるかしら」

 

「はい」

 

 

 真夜の求めに応じて、達也が口を開く。達也は沖縄本島、久米島、そして人工島とその沖合で起こった出来事を順番に、かつ簡潔に説明した。

 

「オーストラリア軍の工作員、ジェームズ・J・ジョンソン大尉とジャスミン・ウィリアムズ大尉は巳焼島に移送された模様です」

 

「その二人についてはこちらでも確認が取れているわ。ご苦労様」

 

「巳焼島? あそこは実験施設に作り替える予定ではありませんでしたか?」

 

 

 ここで疑問を呈したのは、新発田勝成だった。本家の次期当主が達也に決まり自分は分家を継ぐと決まってから、彼は防衛省に勤務する傍ら実家の仕事に当主補佐という形で携わっているので、四葉家が勧めているプロジェクトについても、ある程度の事は知っていた。

 

「問題ないわ。すぐに処分する予定だから」

 

「ご当主様。巳焼島と言えば、深雪お姉さまが以前『ニブルヘイム』の練習をされていた場所ではありませんか? そこに実験施設を造るということは、その施設は大規模魔法用の屋外実験場なのでしょうか?」

 

 

 誰一人真夜の『処分』という単語に興味は示さず、代わりに亜矢子が気になったのは新たに造る実験場の方だった。

 

「まだ最終決定ではないのだけど……そうね、貴方たちには言ってしまっても構わないかしら。ここの施設も随分老朽化しているでしょう?」

 

 

 真夜の言葉に、達也を含めた一同が頷く。四葉家が使っている施設は基本的に、第四研から引き継いだ大戦中の物で、補修や改修は適宜行ってるとはいえ、基本設計が時代遅れになってきている事は否めない。

 

「でもだからと言って、今ある機器を壊して新しい物に交換するのも、いろいろと不都合があるのよ」

 

 

 今度は達也と勝成だけが頷く。大戦中の設備は再調達困難な物も少なくない。全面的にリニューアルしてしまえば、幾つかの分野で研究の継続性が失われてしまう恐れがある。

 

「だからいっそのこと、巳焼島に新しい実験施設を造ろうかと思って」

 

「受託している監獄を廃止することについて、国防軍の承諾は得られているのでしょうか?」

 

「表向きはしばらく続けるわ。新しく造る施設も、名目は国防軍の研究所だし」

 

「国防軍の研究所の名目で造った施設を四葉家の物にするのは問題になりませんか?」

 

「その点は話がついています。それより今は、達也さんの報告の続きを聞きましょう。『ゲートキーパー』だったかしら。達也さんが編み出した、魔法師を無効化する魔法。あれは貴方以外の魔法師にも使えるものかのかしら?」

 

「魔法式を改良しなければなりませんが、精神干渉系魔法に適性がある魔法師ならば、原理的には使えるはずです」

 

 

 達也の答えに、真夜以上に夕歌と文弥が強い関心を見せる。この二人は現存する四葉一族の中でも、特に精神干渉系魔法の適性が高い。技術的にはまだまだ親の世代には及ばないが、素質ならばこの二人が一族中で一、二を争うだろう。

 

「コード化はできていて?」

 

「持ってきています」

 

「そう。後で葉山さんに渡しておいてくれる?」

 

「承知しました」

 

「夕歌さん。葉山さんから起動式のコピーを受け取ってください」

 

「分かりました」

 

「ゲートキーパーの改良は津久葉家に任せたいと思います。達也さん、良いですね?」

 

「はい、構いません」

 

 

 最初から達也に『ゲートキーパー』を秘匿する気は無かった。自分や深雪のような想子保有量が桁違いに多い魔法師にとっては害になり得ないと分かっていたからだ。無差別に公開する気も無かったが、四葉家内部では共有するつもりだった。

 しかし達也は精神干渉系の適性が今のところ低い。その点、精神干渉系魔法の使い手が多い津久葉家に術式の汎用化を任せるのは合理的。そう考えて達也は頷いた。文弥が少し残念そうな顔をしたが、達也以外からも異議を唱える声は上がらなかった。




達也は兎も角、勝成も知識が多いんですよ……歳行ってる分

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