劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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無駄会議なのに……


会議開始

 会議の開始予定時間まで五分を切り、座席は随分と埋まっている。まだホールで話し込んでいる者も少なからずいるから、出席予定者は殆ど集まっていると見て間違いないだろう。その「ほとんど」に含まれなかった一人、来ていれば間違いなく注目を浴びていたに違いない人物が会議室に姿を見せたのは、それから更に秒針が三周程してからだった。

 女性にしては高めの身長。栗色のショートヘアの下の容貌は、男性的ではないにしても女臭さは無い。だが白っぽいパンツスーツに包まれた身体は、激しく「女」を主張している。年齢は二十九歳。この会議ではたぶん、最年長だ。

 

「司波達也君。いや、四葉達也君かな」

 

「司波達也です。直接お話しさせていただくのは初めてですね。よろしくお願いします、六塚さん」

 

「こちらこそよろしく。改めて、六塚温子だ」

 

 

 十師族六塚家当主・六塚温子は、会議室に入るなり何故か達也に声を掛けた。六塚温子が四葉真夜を崇拝している事は、二十八家の間では結構有名な話だ。真っ先に達也のところへ歩み寄って声を掛けたのも、彼が四葉真夜の息子だからだろう。

 

「六塚さん、お久しぶりです」

 

 

 達也に続いて将輝が立ち上がり、温子に話しかける。その隣では愛梨が会釈をしている。生まれた時から十師族の直系として生きてきた将輝と愛梨は、温子とも面識がある。

 

「久しぶりだね、将輝君。その……」

 

「随分回復しました」

 

「そうか。それは良かった」

 

 

 温子が言葉を濁した質問に、将輝はそつなく答えた。温子が安堵した表情を浮かべたタイミングで、将輝や愛梨と同時に立ち上がっていた琢磨も、温子に初対面の挨拶をする。

 七宝家が十師族入りしたのは今年の二月のことだ。七宝家当主・七宝拓巳が「七」と「三」の各家の他にはあまり交流していなかった所為で、琢磨は関東以外の地域に住む二十八家の人々と殆ど面識がない。温子は気安い口調で琢磨の自己紹介に答え、正面奥の席に移動した。どうやら彼女と克人、そして智一については、事前に座る場所が決められていたようだ。

 克人と智一が会議室の奥の扉からそろって姿を見せたのは、午前九時ちょうどだった。座席は全て埋まっている。克人はこの場に集まってもらった事について一堂に謝辞を述べてから、奥のテーブル中央の席に着いた。

 

「皆さん、お忙しい中お集まりいただいている事でしょう。無駄に時間を費やすことなく、さっそく本題に入りたいと思います」

 

 

 克人の言葉に異議はなかった。まぁこの会議の出席者は二十歳以上が大半を占める。まだ十代なのは克人、達也、愛梨、将輝、琢磨の五人だけだ。

 

「本日、皆さんからご意見を頂戴したいのは、ますます勢いを増す反魔法主義運動に対して、我々魔法師がどう対処すべきかについてです。今月に入り、日本だけでなく世界各地で大きな事件が起こっています。国内では報道されていませんが、叛乱や内乱に発展した事例もあると聞いています。この厳しい状況にあって、我々はどう行動すべきか、忌憚のない様々なご意見を頂戴したい」

 

 

 克人がそう切り出すのを待っていたように、将輝が手を挙げた。

 

「一条将輝です。意見を述べさせていただく前に、まずこの会議の性質について確認させていただきたい。反魔法主義者に対処するという重要な会議であるにも拘わらず、多くの当主を除外する三十歳以下という参加資格を定めた意図は奈辺にあるのでしょうか」

 

 

 将輝質問に、参加者の半数近くが頷いた。克人の視線は将輝から智一に移動し、この会議を真に企画したのは十文字家ではなく七草家だと全員が理解した。

 

「七草智一です。実を申しますとこの会議は、私が十文字さんに魔法師排斥運動対策を相談した事がきっかけとなっております。従ってただいまの一条さんのご質問には、私がお答えするのが適当だと思います。反魔法主義によるテロの標的になった箱根の師族会議でも、反魔法師運動の過激化に対する方策は検討されておりました。しかし結局、監視を強化するという消極的な対策しか打ち出せなかったと聞いております」

 

 

 智一が一旦口を閉ざし、温子と克人に目を向ける。その視線につられるように、参加者の殆どが温子と克人に視線を向けた。

 

「その通りです」

 

「しかし、黙って監視を続けるだけでは限界があります。私はそれをテロリスト捜索の過程で痛感しました」

 

「ちょっと待ってください」

 

 

 温子に目礼して回答を再開した智一のセリフを遮る声が上がった。

 

「失礼。私は九島家の九島蒼司です。ご発言の腰を折って申し訳ありませんが、テロリストの捜索とは? 十師族が箱根テロ事件の捜索に加わっていたなどという話は、恥ずかしながら存じておりませんが」

 

 

 九島蒼司の言葉に、地方の師補十八家の間から賛同の声が聞かれた。

 

「箱根テロ事件は、未解決のまま捜査が続けられていると警察は発表しています。これは事実ではないんですか? 十師族の手により何らかの解決を見ているとすれば、何故我々にはそれが知らされていないのでしょうか」

 

 

 それが本音か、と蒼司の抗議を黙って聞いていた達也は思った。九島家はこの二月まで、十師族のメンバーだったが、七草家のとばっちりを受ける形で――もっと正確に言うなら四葉真夜と七草弘一の私闘に巻き込まれる形で師補十八家に降格した。それまでずっと十師族の座にとどまり続けていたプライドから、蚊帳の外に置かれたのが我慢ならないのだろう。

 こういう家族を持つと光宣も大変だな……というのが、達也の偽らざる感想だった。




何時までも過去の栄光に縋るのは情けないぞ……

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