学校には通っていないので、基本的には暇を持て余しているリーナの許に、かつての同僚から電話が入った。殆どお飾りのような存在だったが、隊長として慕われていたとリーナも思っていたし、実際リーナの事を大事に思っていた人間は多い。だが、軍を抜けてから連絡を受けたのは今日が初めてで、リーナは何処となく嫌な予感を感じていた。
「どうしたのですか、シルヴィ。私に電話をしてくるなんて」
『お久しぶりです、リーナ。少し耳に入れておきたい事がありまして』
「良いのですか? 私はもうスターズの一員ではないのですが」
かつての部下とはいえ、シルヴィアは暫定でスターズ内でも上位に位置付けられている存在だ。そんな相手が自分の耳に入れておきたい事とは何か、リーナは見当もつかなかった。
『近いうちに私も日本へ行くことになりました。その際にはリーナに会いに行こうと思っています』
「日本にですか? プライベートな旅行ではありませんよね?」
『もちろんです。惑星級を中心に、潜入任務が命じられました』
「何故それを私に?」
惑星級は後方支援タイプの魔法師で構成されている。シルヴィアも情報収集と伝達を得意とする魔法師だ。惑星がメインということは、直接的な武力行使を当面は考えていないという事になる。
だがスターズに対する命令を外部に漏らしていいのかという疑問は拭い去れず、リーナはしきりに首を傾げてみせた。
『今回の任務はスターズに対するものではなく、情報部が作戦に適した魔法師をピックアップして、特別に命令が下されています』
「そんな無茶苦茶な……」
リーナは思わずそう呟いた。実際にそれが罷り通っているので何を言っても無意味だし、今の自分が異論を唱えたところで効果は無いと自覚している。
「……それで、作戦内容は? 何故日本に来るのですか?」
シルヴィアは少しの間、回答を渋っていたが、リーナには質問を撤回する気配が無いため、自分を無理矢理納得させて回答した。
『作戦内容は『グレート・ボム』の戦略級魔法師確保の作戦を再開する、です』
「……あの作戦を再開するのですか」
任務内容を聞いて、リーナの表情は引き攣ったものに変わっていた。彼女が日本に派遣された原因である『灼熱のハロウィン』を引き起こした戦略級魔法師の確保、それが叶わぬ場合は『グレート・ボム』という仮の名称が与えられた戦略級魔法の無力化――魔法師の間では『グレート・ボマー』と仇名をつけられている魔法師の無力化が目的だった。しかしその任務は後半からモンスター化して軍を脱走した魔法師の処分に変更され、脱走兵の処理が完了した時点でリーナには帰国命令が下ったのだが、ペンタゴンは日本の秘匿された戦略級魔法師の脅威を忘れていなかったのだ。戦略級魔法『シンクロライナー・フュージョン』が南米で使用されたならば『グレート・ボム』が今度は太平洋地域で使用されない保証は何処にもないと考えられ、優先順位が引き上げられたのだろう。
しかし、作戦の必要性について納得することと、その具体的な進め方に納得する事は別問題だった。
「だからといって、何故シルヴィが……」
『私は前回も日本に潜入していますから、事情に通じていると思われたのではないでしょうか』
「前回の大半をパラサイト捜索に費やしたじゃないですか。それに……こう言っては何ですけど、シルヴィの戦闘能力では日本の魔法師を相手にするのは難しいと思いますよ」
前半部分を聞いて苦笑いを浮かべたシルヴィアだったが、後半部分を聞いてその表情は凍り付いた。
「日本の魔法師の戦闘能力は異常です。恒星級の魔法師がゴロゴロいるんですよ! まぁ、深雪と達也があの四葉の魔法師だったと分かったのは帰国した後ですし、私の潜入先が特別だったのかもしれませんが……」
リーナはシルヴィアたちが捜索する『グレート・ボマー』の正体を知っているが、これを彼女に話す事はしなかった。四葉家とそういう契約をしているのもあるが、ここで達也の事を明かせば、自分は達也の婚約者から外されてしまい、USNAからのスパイだと位置づけられてしまうからだ。
だがこうして情報を流してくれた戦友をむざむざやられないように注意するくらいなら、四葉家も許してくれるだろうと考え、リーナは深雪と達也の表向きの戦闘力を彼女に伝える。
「深雪はシリウスであった私と互角に戦いましたし、対人戦闘に限定すれば達也は私の力を上回っていました」
『それほどまでなのですか……』
「もちろん、あれから一年以上経っていますから、二人の実力も上がっているでしょう。まして私はシリウスであることを止めたわけですし、実力差は開いていると考えてしかるべきかと」
『USNA軍は「アンジー・シリウス」は抜けていないということにしてますがね。ですので、書類上はまだリーナは軍人なのです』
「しかし、私が抜けたことを知っている人間はいるでしょうし、今回私は一切手伝いませんよ。これでも容疑者とされている男の婚約者なのですから」
『分かっています。ですから、私が会いに行くのはあくまで個人の気持ちからです。ミアがいるとはいえ、リーナはそそっかしいですからね』
「そんなこと無いわよ! まぁ、会えるのを楽しみにしてるわね」
軍人としてではなく個人的な知り合いとして会いに来ると分かると、リーナはがぜん会うのが楽しみになったのだが、今回の作戦に一抹の不安を抱いた事は拭い去れなかったのだった。
リーナは一応真相知ってますがね……軍人として遺しとかないと、後々面倒なのでちょっと無理矢理に……